むかしむかし、江戸(えど→東京都)に、うなぎの大嫌いな左官屋(さかんや)がいました。 左官屋というのは、家の壁を塗る職人の事です。 この左官屋は仕事に行って、うなぎのかば焼きを出されたりすると、見ただけで気分が悪くなってしまうのです。 左官屋仲間からは、 「もったいない。 せっかくのごちそうを」 と、かげぐちを言われます。 ですが左官屋には、どうしてもうなぎを食べられない訳がありました。 実は、この左官屋は、以前はうなぎ屋の婿(むこ)だったのです。 ある日の事、この婿は奥さんの父親である店の主人と一緒に、うなぎの買い出しに出かけました。 活きの良いうなぎが手に入り、にこにこしながら家に戻って来た二人は、いけすのかごへうなぎを入れようとして、大変大きなうなぎが二匹いる事に気づきました。 「おかしいな? さっき買った時は、こんなうなぎはいなかったよな」 「はい。 確かに、こんなでっかいうなぎなんて、いませんでしたよ」 婿も不思議に思いながらも、にっこりと笑って言いました。 「でも、いいじゃないですか。 ほら、よく来るお客で、でっかいうなぎが好きな人がいるでしょう。 あのお客が来るまで、とっておきましょうよ」 「そうだな。 あの人なら、きっと喜ぶだろう」 次の日、大きなうなぎの好きな客が、仲間を連れてやって来ました。 主人が昨日のうなぎの話をすると、客は大喜びです。 「では、すぐに焼いてくれ」 「はい」 主人はさっそく、いけすのかごの中から、特別に大きなうなぎを一匹捕まえてきました。 ところがどうしたわけか、うなぎの頭に、うまくきりを刺す事が出来ません。 「おかしいな? もう何十年も、この仕事をやっているのに」 そしてやっと刺したと思ったら、あやまって自分の左手を刺してしまったのです。 「あいた! すまないが、代わりにやってくれ」 「はい」 そこで料理を代わった婿が、左手でうなぎを押さえつけようとすると、うなぎがくるくると腕に巻き付いて、ものすごい力でしめつけてきます。 巻き付かれた腕がしびれて、きりを刺すどころではありません。 「なるほど、こいつはすごいぞ。 とても、わたしの手にはおえない」 しかし今さら、客に料理を断るわけにもいきません。 困り果てた婿は、思わずうなぎに言いました。 「これ、うなぎ。 いくら暴れても、お前は人に食われるより仕方がないのだ。 頼むから、わたしにさかれておくれ。 もし言う事を聞いてくれたら、二度とこんな仕事はしないから」 すると、どうでしょう。 あれほど暴れていたうなぎが、ぴたりと動かなくなったのです。 「ありがてえ。 今のうちだ」 婿は急いでうなぎの頭にきりを突き刺し、お腹をさいて料理をしました。 「はい、お待たせしました」 ところが客たちは、焼きあがった大うなぎを食べたとたんに、気分が悪くなりました。 「何だ。 このかば焼きは!」 「全く! おれたちを殺そうというのか!」 「ここへは、二度と来るものか!」 客たちは怒って、店を飛び出していきました。 さて、その日の真夜中。 裏の川の方から、 きゅっきゅっ。 きゅっきゅっ。 と、おかしな鳴き声がします。 不思議に思った婿が起きて見に行くと、鳴き声は、いけすのかごの中から聞こえて来るではありませんか。 「はて? うなぎの鳴き声にしては大きすぎるが」 婿が思い切って、かごのふたを取ってみると、何と何百匹といううなぎがヘビの様にかま首をもたげて、こっちをにらんでいるではありませんか。 「うぎゃあーっ!」 婿はそれっきり、気を失ってしまいました。 「何だ! どうした!」 その声を聞いてかけつけて来た店の主人も、恐ろしいうなぎの姿を見てびっくりです。 「う、う、うなぎの化け物だ!」 そのとたん、うなぎは次々とかごの中から飛び出して、かま首をもたげたまま川をくだっていったのです。 やがて気がついた婿は、もう二度とうなぎを見たくないと思いました。 それに、殺したうなぎとの約束を思い出すと、じっとしてはいられません。 次の日の朝、婿はだまって店を飛び出して、親戚の家へ逃げて行きました。 こうして一年ばかり過ぎた頃、婿のところへ主人の店の小僧が来て、 「大旦那さまが、病気で死にそうです。 早く帰ってください!」 と、言うのです。 仕方なく店へ行ってみると、店はあいかわらずはんじょうしていました。 店をとりしきっているのは、おかみさんと若い男で、自分の旦那が来たというのに、おかみさんは全くの無視です。 「仕方ないな。 あいつを捨てて、だまって飛び出したのだから」 婿はあきらめて、主人のところへ行きました。 主人は枯れ木の様にやせおとろえた姿で、薄い布団に寝かされていました。 しかもそこは納戸(なんど→物置部屋)で、日も当たらず、婿を迎えに来た小僧が一人で看病しているというのです。 「実の親をこんなところへ押し込むとは、なんてひどい娘だ!」 婿はかんかんに腹を立てると、すぐ主人を座敷へ移して医者を呼びました。 しかし主人は、もう薬を飲む事も出来ません。 「どうして、こんな体になったのだ?」 小僧にたずねると、小僧は首を横に振りながら言いました。 「原因はわかりませんが、あの大うなぎを殺した日から、急に寝込んでしまわれたのです。 あれから一言もしゃべる事が出来ず、うなぎみたいに下あごをふくらませて、ぱくぱくと息をするだけです。 「・・・これはきっと、大うなぎのたたりに違いない」 婿はお坊さんに頼んで、殺した大うなぎのために、お経をあげてもらいました。 でも、そのかいもなく、主人は間もなく死んでしまいました。 それから婿は主人の葬式をすませたあと、正式にこの家を出て左官屋になったという事です。 おしまい