木下さんは48歳で念願だったIT企業へ転職し、その2年後の2020年、50歳のときに左乳房の乳がん(ステージII)と診断されました。 手術や抗がん剤、放射線などの治療を経て社会復帰。 54歳だった2024年、右乳房に新たなトリプルネガティブ乳がん(女性ホルモンの受容体とHER2[細胞の増殖に関わるタンパク質]のいずれも持たないタイプの乳がん)が見つかり、肝臓と骨への多発転移も判明しました。 ステージIVの告知に一度は絶望したものの、「新しい治療薬や湯治をきっかけに前向きな気持ちを取り戻した」と語る木下さんに、発覚から診断、治療、現在に至るまでの道のりを聞きました。 ※本記事は、個人の感想・体験に基づいた内容となっています。 2026年7月取材。 木下美枝さん 1969年生まれ、大阪府出身。 27歳で子宮頸がん、32歳で出産を経験し、48歳で念願だったIT企業へ転職する。 50歳だった2020年、左乳房に乳がん(ステージII)が判明。 手術や抗がん剤などの治療を経て社会復帰するも、54歳だった2024年春、右乳房にトリプルネガティブ乳がんが見つかり、肝臓・骨への多発転移も告知される。 現在は新しい治療薬による治療を続けながら、温活や湯治を取り入れ、自分をいたわる穏やかな日々を過ごしている。 編集部: 体に異変を感じたのは、いつごろでしたか? 木下美枝さん: 50歳の春です。 念願だったIT企業へ転職し、忙しく働くある日、左乳房に米粒ほどのしこりを見つけました。 当時はコロナ禍の真っ最中でした。 病院の受診どころか外出自体がしにくく、「そのうちなくなるだろう」と思って様子を見ていたんです。 しかし、しこりは徐々に大きくなっていきました。 8月になり、外出制限が少し緩和されたころには左胸に痛みを伴うようになっており、ようやく病院を受診しました。 編集部: どのような診断と治療を受けたのでしょうか? 木下美枝さん: 検査の結果、「乳がんのステージII(ルミナルA[女性ホルモンの受容体を持つタイプ])」と診断され、すぐにさらなる検査を行い、即手術となりました。 左乳房温存術(乳房をすべて切除せず、がんとその周囲のみを切除する手術)を受け、手術中のセンチネルリンパ節生検(がんが最初に流れ着くリンパ節を調べて転移の有無を確認する検査)の結果から、リンパ節郭清(がんが転移している可能性のあるリンパ節をまとめて切除する手術)も行われました。 術後は2種類の抗がん剤治療(週1回投与のパクリタキセルと、エピルビシン・シクロホスファミドを併用するEC療法)、放射線治療、10年間のホルモン治療としてレトロゾール(女性ホルモンが作られるのを抑える薬)の服用というフルコースの治療でした(※)。 「仕事での無理がたたったのだろう」と思い、仕事を辞めて半年間は無職で治療に専念し、それまでの慌ただしい生き方を一度リセットした形です。 その後、51歳の春に派遣社員として社会復帰しました。 ※治療方針は患者さんの状態によって異なります 編集部: 最初にがんと診断されたときの心境を教えてください。 木下美枝さん: 過去に子宮頸がんを経験していたので、「いつかはがんで死ぬのだろう」という覚悟はありました。 ただ、乳がんは想定外でショックでしたし、「なぜ仕事が軌道に乗った今なのか」と人生を恨めしくも思いました。 それでも負けじと、退院翌日から満員電車で出社するほど気を張っていましたが、抗がん剤治療が始まったころにメンタルが限界を迎え、動けなくなってしまいました。 一番の心配は、まだ高校生だった息子のことです。 「就職して大人になるまで私は生きていられるか」「治療してもすぐ再発して、死ぬかもしれない」という強い不安と覚悟を抱えながら、病気を受け入れていました。 編集部: その後、新たながんが判明するまでの経緯を教えてください。 木下美枝さん: 社会復帰後の3年間は完全在宅で穏やかに過ごしていましたが、54歳だった2024年の春に、派遣の「3年ルール」(同じ部署で働ける期間を最長3年とする決まり)で別の職場へ移りました。 「新しい職場でも頑張るぞ」と働き始めた矢先の5月、右胸にしこりと痛みを感じたんです。 さらに、病院から「腫瘍マーカー(がんの状態を反映して血液中で増える物質)が上がっている」と連絡があり、精密検査を受けました。 その結果、右胸に新たな「トリプルネガティブ乳がん」が見つかり、すでに肝臓と骨へ多発転移していることが判明。 遠隔転移(がんが最初にできた場所から離れた臓器へ転移すること)のため手術は適応外となり、抗がん剤治療が始まることになりました。 編集部: 転移を告げられたときは、どのような気持ちでしたか? 木下美枝さん: 新しい職場での勤務が始まってすぐ、右胸が痛んでいたので、またしても「何でこのタイミングで......」と、自分の人生が「上げては下げてばかり」であることに、ほとほとあきれてしまいました。 最初の乳がんはルミナルタイプだったので、「もし転移したとしても使える薬が多いし、大丈夫だろう」と考えていたんです。 それなのに、まさか今度はトリプルネガティブで、一気に多発肝転移、多発骨転移にまで進行するとは夢にも思わず、本当に残念でした。 「あと半年くらいで死ぬんやろうな」と思っていましたね。 編集部: 自覚症状としては、具体的にどんな不調があったのでしょうか? 木下美枝さん: 左右どちらの胸のときも、はっきりと痛みがありました。 特に2度目の右胸のときは、6月に入ると一気に腫瘍マーカーが跳ね上がり、しこりも急激に大きくなりました。 さらに、腰がものすごく痛くなり(後に腰椎転移と判明)、全身が不調な状態でした。