「人との接触を8割減らすことが重要だ」。 新型コロナウイルスの第1波が猛威をふるっていた2020年4月15日、厚生労働省の専門家班のメンバーで、北海道大教授(現・京都大教授)の西浦博(48)は、省内での記者会見で強調した。 その後の会見でも、「8割削減」の目標を何度も訴えた西浦は「8割おじさん」と呼ばれた。 同年1月に国内で初めての感染者が確認された新型コロナは瞬く間に全国に広がった。 政府は計4回の緊急事態宣言を発表。 外出やイベントの自粛、飲食店の時短営業などを余儀なくされた。 厳しい行動制限を呼びかけた政府のスローガン「人と人との接触機会を『最低7割、極力8割』削減」は、西浦の試算が根拠だった。 「多くの命を救った」と評価された一方、「そこまでやる必要があるのか」との批判も受けた。 最後の緊急事態宣言が21年9月末に解除されてまもなく5年。 8割削減の呼びかけは正しかったのか。 検証を試みようと、記者は西浦に取材を申し込んだ。 西浦博は、日本で数少ない、数学的手法を駆使して感染症の発生状況を把握する理論疫学の専門家だ。 新型コロナウイルスの流行が始まっていた2020年、国内外のデータを基に、感染を1か月で収束させるためには、人と人との接触機会を8割削減しないと達成できないと試算した。 科学医療部記者の辻田秀樹(49)は今年5月、京大の西浦の研究室を訪ね、「8割削減の試算は正しかったのか」との疑問をぶつけた。 西浦は「理論的にほぼ誤りはないと今でも考えている」ときっぱり答えた。 試算が公表される直前の20年3月、当時東京本社医療部の感染症担当だった辻田は西浦に初めて会った。 西浦は、新型コロナの情報を収集し、動向を分析する厚生労働省のクラスター(感染集団)対策班の主要メンバー。 辻田は省内で話しかけては、対策の方向性を探っていた。 西浦の試算は、4月7日に当時首相だった安倍晋三が初の緊急事態宣言とともに発表した政府のスローガン「人と人との接触機会を『最低7割、極力8割』削減」に採用された。 辻田は発表前日の深夜、スローガンの内容が決まった経緯を西浦からこう聞いていた。