Sayuri SayingのEveryday Japanese Podcastへようこそ。 日常の話題を自然な日本語でお届けします。 日本語をもっと掘り下げて勉強したい方へ。 私のウェブサイトには、テーマに関する単語、会話の話題、ふりがな付きのトランスクリプト、写真や字幕付きのビデオポッドキャストがあります。 詳しいことはSayuri Saying.comで。 それでは始まり始まり。 はい。 今回もユウさんに来てもらってます。 よろしくお願いします。 よろしくお願いします。 私、インドに行ったって話したじゃん。 うん。 うん。 で、そこでなんかインドって信仰がある人が多いなと思ってて。 宗教を信じている人が多いなと思ってて。 日本もそうかな。 どう? なんか神頼みとかする? あー。 うん、本当に心から神様に助けてもらいたいというよりかは、なんか毎年、例えば初詣、お正月に神社に行くから、なんかやらないと気持ち悪いなっていうところとか、あの、観光地に行って、まあ一応ね、神社有名だから神社行く、まあ神社入ったらお参りするかぐらいかな。 そうなんだ。 じゃあ本気で、じゃあお願いします、助けてくださいとかはやらないタイプ? 心の底から。 特に最近はないかな。 なんかルーティンとしてやるけど、なんか心から何かを信じるみたいなものは僕はないかも。 うーん、なるほど。 うん。 そっか。 なんか私もそのインドに行く前までは同じというか、神社とかお寺に行っても、その形式として、そのね、お賽銭入れてお参りするぐらいだったんだよね。 で、インドに行って、なんかね、ちょっとその考え方が変わったの。 おお。 うん。 どう変わったの? 日本でそのお参りとかしてた時は本当に何も、何も祈ってなかった。 うーん、ふんふんふんふん。 もうなんか拍手するみたいな。 そうそうそう。 私もそうだけど、ユースケさんとかも一人とかで働いてて、会社とかもやってると、自分の力では解決できないこと、周りの人を巻き込んでも無理なことって結構あるじゃん。 ある。 だから、なんかそういう時は、じゃあめっちゃ自分の中でここまでは頑張って、あとは神様よろしくみたいな感じが楽だなって。 あの、そのヨガの哲学の時に聞いて、そのアイディアいいなと思った。 うんうんうんうん。 で、なんかそうやって思うことある? 結局宗教って何なんだろうって。 そのメキシコっていう超カトリックなキリスト教な国に行って、周りの人を見てみると、やっぱり救いなんだなって。 うーん、そうだね。 20年前ってもっと世界が狭くて、心配することもなくて、でも生活は豊かで、なんか神様に何か救ってもらわないとどうにもならないみたいな苦しさってあんまりなかったんだけど。 うーん。 今って本当に社会がすごく不安定だし。 うんうん。 なんか苦しいことも多いし。 うんうん。 逆に豊かすぎて何を目指せばいいかわかんなくなっちゃったりとか。 うんうん。 そういう時に何か道を示してほしいって思う時はあるかな。 そういう悩みを初めて持って、周りのこう、キリスト教徒の人とかを見てみると、迷ってねえなって。 あ、そうなんだ。 うん。 いい意味でも悪い意味でも。 そうなんだ。 いい意味で迷ってないなっていうのは、その神様の教え従ってるから迷ってないってこと? うん。 なるほどね。 なんか今の話を聞いて、その、ちょっとまたテーマずれちゃうかもしれないんだけど。 うんうん。 あの、神様ってすごく大事だなって思うのが、その、僕らの仕事って本当に世界、世界のいろんな人とつながれるいいお仕事だと思うんだけど。 うん。 あの、心綺麗な人がすごく多いなって。 うーん、そうだね。 思うのよ。 うん。 で、それは宗教関係ない部分もあるかもしれないんだけど。 うん。 何て言うのかな、あの、感謝するとか、規律を守るとか、こういうことはダメとか、ちゃんと心にモラルがあるというか。 うんうんうん。 何だろう、日本人の人、全員が全員じゃないんだけど、僕の感覚、ルールをめっちゃ守るんだけど、モラルない、頭の中のこう考えてることモラルないっていう人。 あーうんうんうんうん。 多い気がするん。 そうかもね。 だから色んなすごいクリエイティブな作品作れるっていうのもあるかもしれないけど。 まあね。 うん。 そうそうそう。 そっかそっか。 だから結構その、うちさ、日本人のスタッフがいてね。 で、あの、たまにうちに来て、で、こうお酒飲みながらいろんな話をして盛り上がったりするんだけど、結構奥さん日本語で聞いてて、どん引く時があるんだよね。 話してる内容で。 ふーん。 うん。 え? みたいな。 え、例えば? ごめん、どん引くなよって何? うん、なんかその、「こういうことしちゃった」とか。 あとよく男性であるのはあの女性関係とかで。 ああ、なるほどね。 うーん。 なんか「そういうのって日本独特だよな」っていう。 ああ、そっかそっか。 なんかそういうモラル的なところも、宗教ってすごくやっぱ大事だなあって思ったかな。 で、なんか今のその日本人の私たちに、その神様っていうのって結構ハードルが高いというか。 高いね。 「神様を信じましょう」とか「お寺に行きましょう、神社に行きましょう」って、やっぱり行事としての一環でしかなくて。 うん。 「週一回神社に行きましょう」とかないじゃん。 うん。 だから、その推し活みたいなのもやっぱ流行ってるのかなって考えちゃう。 神様じゃないのに、その自分の好きなアイドルとかミュージシャンとかを神様だと思って応援したりするじゃん。 うん。 神格化するんだけど、それがみんなやっぱ欲してるんだなとは思う。 そういう信じるものとかを。 うん。 そうだね。 そうだね。 なんかその話を聞いた時にこう思い出したのが、あの新渡戸稲造の『武士道』の、その最初の語り出しの部分なんだけど、なぜ新渡戸稲造がその『武士道』っていうのを書いたかっていうと、その「日本っていうのはその宗教がないのに、どうやって道徳を教えるんだ?」って、確かポーランドかなんかの学者に聞かれて、「確かに日本人は規律を守るけど、宗教でそれを縛ってないよな」ってなった時に、「武士道があるんだ」みたいな。 うん、うんうん。 でも今の私たちにそんなものなんて全くなくて。 そうだね、武士道はないね。 うん。 だからモラルがぶっ壊れちゃってるのもあるし。 で、結局やっぱ人間のさ、欲望ってか欲しい気持ちの中に、「楽になりたい」とか「迷いたくない」とか「まっすぐ進みたい」っていう気持ちがやっぱあるから、それを神様にするかアイドルにするかの違いであって。 逆にそういう神様がいないからこそ、なんかいびつな形っていうのかな、変な形になっちゃってる。 個人の人を神格化するから、全然体系立ってない、宗教として。 それを信仰するから、すごいカオスな状態になってるなって思う。 なってると思う。 今さ、そのアイドルと、あの信仰っていうのがさ、なんかちょっと結びついてて、なんか宗教じみた、そのアイドルを応援する形、推し活っていうのが出てきてるのと、なんかそのやってることはもう宗教なんだけど、そのラベルとして宗教って貼られてないから。 そうだね、その通りだね。 うんうん。 なんかサブカルチャー的な趣味的なものとして、そのラベルは貼ってあるけど、中身はもう完全に宗教みたいな。 うんうんうんうん。 はい、お疲れ様でした。 宗教、信仰、推し活、いろんな話が出てきましたね。 日本語学習のポッドキャストなのに、気づいたら哲学の授業みたいになってしまいました。 難しかった単語や表現、トランスクリプト、動画は私のウェブサイトのシルバーペンギンさん以上の会員ページにあります。 気になる方はぜひ概要欄のリンクからチェックしてみてください。 次回はこの続きでAIと信仰について話します。 ChatGPTとかAIを信じる時代って宗教と何が違うんでしょうか。 もっと難しくなるかもしれません。 YUYUさんとまた深く考えていきます。 お楽しみに。