YUYUの日本語Podcast。 それじゃあいきますよ。 レッツラゴー! はい、皆さんこんにちは。 YUYUの日本語Podcastのお時間です。 皆さん元気にしていますでしょうか。 今日は2026年の5月23日土曜日にこのポッドキャストを録っています。 ということで、今週3回目のアップロードになるんですけども、前回はさゆりさんとのコラボポッドキャストでした。 どうでしょう、皆さん聞いてくれましたかね。 普段のこういう一人語り、一人で話すポッドキャストとは違って、会話の中でね、どういった話し方をするのかとか、リアクションの部分、質問の部分とか、会話の膨らませ方、なんかその会話のテーマを次のテーマに移していったりとか、深いテーマにしていく、そういったテクニックの部分を皆さんに聞いてもらえたらいいなと思ってアップロードしました。 はい。 まあただね、その僕自身はたくさん話す、僕自身がたくさん話すポッドキャストではなかったので、まあその今週ね、最後のポッドキャストということで、自分のことについてお話ししていこうかなと思っております。 で、テーマは高校時代のお話なんですけども、このね、ポッドキャストを録るにあたった理由もいつも通りありまして、ありがたいことに僕のオンライン会話レッスンの学生がなんと僕の後輩ちゃんになるんですよ。 そう、あの後輩ちゃんになる。 まああの男の子なんですけども、どういうことかと言いますと、彼はアメリカの大学に通っている方なんですけども、その大学のサマープログラムで日本のある大学に1ヶ月間かな、短期留学に行くそうなんですね。 で、その短期留学に行く大学がなんと僕の母校、母校っていうのは母に学校の校って書いて母校。 僕が通っていた学校になります。 正確に言うと僕の母校ではないんですけども、どういったことなのかっていう話ですよね。 僕が通っていた高校には同じ敷地内に大学がくっついていまして、大学と高校が一緒になっている、そういった学校だったんですね。 で、僕はそこの高校に通っていました。 で、えーと、僕のオンラインレッスンの学生はそのキャンパスの中の大学に短期留学に行くということで、そのね、同じ校舎に通うっていう、なんか嬉しいですよね。 その日本だとこう、どうもね、同じ大学とか同じ学校とか同じ高校っていうね、人にはなんかその心の繋がりを感じて、え、同じ大学なの? みたいな喜びがあるわけなんですけども。 そう、まさかね、自分のオンラインレッスンの学生が僕の後輩ちゃんになるとは。 なんかそんな日が来るとは思ってもいなかったので、本当にすごく嬉しいなと思いまして。 で、あの、実際ね、その僕の通っていた高校に、じゃない、僕の通っていたそのキャンパスに行くということで、その学校の周りでどんなところに行った方がいいよとか、休みの日にね、ちょっと遠出、遠くに出かけることができたら、遠出ができたらこういったところに行くといいよっていうアドバイスをした後、その学校のキャンパス内でね、どんなところがあるのかっていうのを話そうと思ってね。 で、その高校のなんかホームページで、その実際ね、どこに体育館があって、どこに校舎があってとかっていうのをちらっと見たんですが、全然変わってて、もう本当に全く別物になっていて。 あの、僕が高校生としてそのキャンパスに通っていたのは、もう今から約20年前ですよ。 20年前。 いやだね。 そう。 で、もうその当時ね、校舎はすっごく古くて、ほんとボロボロに近いあの学校だったんですよ。 で、そんな中、やっぱ20年の間にかなり改築が改修が、まあそのリフォームが進みまして。 もうね、全く新しい建物が建ってるみたい。 そう。 まあそのおかげさまでね、あの、ご両親、あの両親にすごく感謝なんですけど、その高校は私立高校で、大学も私立大学だったんですけども。 そうそうそう、まあきっとお金あるんだろうね。 ね、すごい新しい校舎、新しい体育館っていうことで、もう全然全然違う雰囲気の学校になって。 で、あの学生にも言ったんですけど、多分キャンパスに入ってね、YUYUさんってすごいお金持ちなんだなって、こんなにでっかい高校に通ってたんだなって思うかもしれないけど、全く別物だよって。 僕が言ってた頃は本当にボロボロの建物だったよっていうのを話したんですが。 ありがたいことに、その僕のその高校時代の青春の、あの、何て言うのかな、舞台となっていたプールですね。 僕はもう高校時代といえばもう水泳、もう高校イコール水泳ぐらい、もう水泳だけの生活をしていたんですけども。 あの、そう、そのプールはね、どうも残っているみたいで、その周りもそんなにね、あの、いろんな建物があるわけじゃないから、その当時20年前と多分何景色は変わってない、風景は変わってないと思って、その学生にね、あのプールの辺りを歩いてもらったら、多分僕が高校時代に歩いたその道がそのまま残ってると思うよっていう話をしたんですよ。 はい。 まあそんな感じでね、その学生は来週からサマープログラムが始まるということで、なんか僕もね、その自分の母校に自分の学生が行くっていうのがね、あのワクワクドキドキ、まあそんな感じで、はい、あのクラスが終わったわけなんですけども、まあクラスが終わった後、ちょっとね、その懐かしい気持ちになって、そうだなって、高校時代あったよなっていう。 で、その、そんな、ね、あのことを考えていたら、あの、また別の学生から、えーと、YUYUさんのポッドキャストはエピソードトークが面白いっていう、あの、お話をして、まあそういう、まあそういう風に言ってもらえて、うん、あの、まあ嬉しいですよね、はい。 なんかその日本語のアドバイス的なものとか、あの日本文化的なその一般的なインフォメーションよりも、僕自身が何を見て、何を経験して、何を感じたのか、まあできれば面白い話だったらなおさらいいっていうことでね、あの、まあ学生さんの中には、あの、主婦の方でね、毎日の家事、お皿を洗いながら、なんかちょっとね、こう心が乾いている、うーん、なんかこう気持ちが動かないで、なんかつまんないなっていう気分でお皿を洗っている学生さんもいますし、きっと僕のリスナーの方にもその心が乾いている方がいると思うんです。 そうなった時にね、僕の昔話を、エピソードトークをちょっとすることで、少しでも心を潤せるのであれば、まあできる限りエピソードトークはしていきたいなと思いましたので、今回はその高校の、高校時代のエピソードトークをしていきたいと思います。 はい。 あのテーマはですね、体罰時代の高校ということでね、今じゃ考えられ、考えられないけど、体罰っていうのは悪いことをしたら叩かれる、殴られる、引っぱたかれる、ね、そういうね、体に罰が下る、そんなのを体罰って言いますけど、今だったらもうニュースになっちゃいますよ、体罰なんて。 うん。 でもあの二十年前は結構当たり前で。 そして僕のその高校時代の僕が所属していたクラスっていうのも結構ね、特殊な、特殊なクラスに通っていたので、まあ多分皆さんね、面白いと思って聞いてもらえるんじゃないかなと思ってこのテーマを選びました。 はい。 ということでね、今日も最後までゆっくり聞いていってください。 それではよろしくお願いします。 本日の日本語指数は全国的に高めです。 なんとなくや、それな、が各地で観測されています。 イヤホンのご準備はよろしいでしょうか。 それではYUYUの日本語Podcastのお時間です。 はい、ということで、まあ早速やっていきたいと思うんですが、僕がね、通っていた高校で僕が所属していたクラスっていうのがスポーツクラス、縮めてスポクラ。 はい。 まあスポクラっていうとこに通ってたんですよ。 名前があれだけどね、スポーツクラス。 これどういう人たちが行くかっていうと、あのスポーツ推薦ですね。 そう。 あの、その高校に、そのスポーツ選手として入学する、で、ちょっと勉強のレベルが足りないんだけども、スポーツの成績はいいからその高校に入れるっていう人たちが集められたクラスです。 あの、多分このポッドキャストをアップロードした後、来週あたりにYOUTUBEの方で、その僕の子供時代、本当に勉強ができなかった子供時代の話をアップロードするんですけども、まああの、なんでYUYUくんが勉強できないかっていうところはそこで聞いてもらえたらいいなと思います。 はい。 まあただね、成績悪かったんですよ、中学校の時。 で、あの、まあそんな中、スポーツの成績がまあそれなりに良かったっていうことで、あの、スポーツ推薦で、まあその僕のね、その通ってた高校に入れたと。 で、もちろんその同じクラスにはクラスメイトがいるわけで、えっとね、何人ぐらいいたかな、多分人とかだったと思うんだよ。 それこそ野球推薦とかサッカー推薦とか、あと卓球とか、あとバレーボールの子もいたかな。 あと剣道の子もいたと思う。 あとはまあちょっと今パッと出てこないけども、陸上の子もいたかな。 はい。 まあいろいろね、いろんなスポーツ推薦で、まあいろんなスポーツをやってる人たちが集められたんですが、考えてみてくださいよ。 勉強できない、でも運動神経がいい、スポーツができる子たち。 そんな人たちが人集められるわけですよ。 で、なんならですね、このスポーツクラス、えー男性が人、いやもうちょっといたかな。 男性が人、女性が五人ぐらい、もうほとんど男の子のクラス。 もうね、動物園です。 うん。 だって勉強できないんだよ。 頭良くないんだよ。 で、体を動かすの大好きな人たちですからね。 もう動物園なわけですよ。 ね。 あの、ある野球部の男の子とかは、もう本当にあの、体育、体育ね、あの体を動かすスポーツのクラス、体育の授業が終わった後、あのパンツ一枚でなんか廊下を走っちゃったりとかね、うーん、なんか時々あのパンツ履かないでなんかあの走っちゃってるみたいな。 ほんと何を考えてるの? みたいな。 なんかそういうちょっと動物的なね、あの、子もいましたし。 そう、結構ヤンキーっぽい雰囲気の、スポーツできるけど結構見た目怖いぞみたいな、友達でよかったみたいなタイプもいますし。 はい。 そんなね。 本当に大変なクラスに通っていて、僕自身はそんなヤンキーとか変な子ではなかったんですけども、ちょっと考え方ひねくれてるね。 うん。 なんで勉強しなきゃいけないの? みたいなタイプの子だったんですよ。 そんなもうほんと動物園クラスを担当する先生たちはめちゃくちゃ大変なわけよ。 普通ね、学校ってそれなりに勉強しなきゃって勉強したいっていう人たちが集まって、そういう人たちが次大学に行くために頑張って勉強すると。 でも僕たちはとにかくスポーツで結果を残さなきゃいけない。 ね、たくさんトレーニングをしていっぱいこう試合で勝たなきゃいけないっていう、またちょっと違ったスタイルの高校生活を送る。 で、もちろん勉強なんて関係ないみたいに思っている人もいると。 で、そうすると授業もちゃんと受けない。 で、さっきみたいにパンツ履かないで廊下バーって走っちゃうみたいな、なんかちょっと「大丈夫? 頭」っていう感じの子もいる。 そんな子たちのクラスをやりたい先生なんてあまりいないわけですよ。 ただですね、このスポーツクラスっていうのは、僕のその高校で必ず一学年一組あるんですよ。 なんなら一組なの。 あのね、僕の高校、すごい学生が多くて、確かえっとね、まあ三十人からだいたい四十人弱ぐらいのクラスで、多分一学年十八クラスとか二十クラスとか、そんなレベルの超マンモス校。 マンモス校っていうのはすごい人が多い学校のことをマンモス校って言うんだけど、マンモス校だったんですよ。 その一組がスポクラっていうね、問題クラスだったわけです。 で、そんな中ね、毎年毎年スポクラ専用の先生みたいなのがいるわけよ。 その動物園の高校生、動物高校生たちをなんとかコントロールできる強者たちがいるわけです。 で、中にはもう体罰がすっごい先生もいるのね。 で、まあそういう先生にも当たったんだけども、今回ね、そのエピソードトークということで、その中でもその僕が記憶にはっきり残っている名物先生、スポクラ専用の名物先生を紹介したいと思います。 はい。 ということでね、早速四人、はい、紹介したいと思うんですが、日本史坊主と仏の原文と阿修羅の英語、そして鬼担任、この四人をね、紹介していきたいと思います。 で、あの、実際の名前はね、伏せて、もうその先生がまだね、ご健在、ご健在っていうのはまだ生きているっていう意味でのご健在なのかどうかもわかんないしね。 あの確認も取れないので、はい。 まあそういった先生がいたよっていうのでね、はい、紹介していきたいと思うんですが、一人目は日本児坊、日本史坊主です。 坊主っていうのは、あの、えー、お寺で働いている人を坊主、お坊さんって言いますけども、お坊さんのリスペクトがない形を坊主って言います。 あのー、あとは日本語だったらね、髪の毛をめっちゃ短くして、ね、頭丸みたいな、まるまる髪の毛一ミリぐらいの短さっていうのを坊主とも言うんですが、基本的にはお寺で働いている人を坊主と言います。 はい。 で、この日本児坊、日本史坊主は、まあ日本の歴史を教える坊主なんですけども、本当に坊主だったんですよ。 そう、あの、お寺の住職さん、そう、お寺のお坊さんで、で、アルバイトとしてうちらの高校で日本史を教えていたんですね。 そう、この先生が僕は高校時代一番好きでした。 うん。 あのね、今でもはっきり覚えてる。 一番最初の日本史のクラスで、縄文時代ね、本当にそのまだ自給自足で自分たちでそのサバイバルをしている時代ですよね。 今から一万年前とか二万年前の歴史なんですが、そのクラスから基本的に日本史、日本の歴史のクラスって始まるんですよ。 で、一番最初に出た課題は、みんなだったらどうやってマンモスを捕まえますか? っていう課題だったんですね。 さっきも言ったマンモス。 マンモスってね、あの恐竜時代ね、あのティラノサウルスとかね、その、その時代のゾウさんね、あの、たまに映画とかにも出てきますよね、マンモス。 あのマンモスをもし捕まえるとしたら、みんなだったらどうやって捕まえる? っていう、そういう質問ができる、そういう、なんだろう、クリエイティブなアクティビティができる方だったんですよ。 だから、あの、一番高校の歴史じゃないや、高校の授業の中で日本史のクラスが楽しかったし、僕はいつも楽しみにしてたかな。 で、それ以外にこの日本児坊、日本史坊主さんが好きだった理由が、その笑いのセンスがある方だったんですよね。 そう。 で、笑いのセンスっていろんなね、あのセンスがあるわけじゃないですか。 なんか冗談が面白いとかね、頭がいいとか、ジョークが言えるとか。 で、その日本史坊主さんは、日本史坊主先生は自分を下げるスタイルのお笑いができる先生だったんですよね。 あの、たまに僕もポッドキャストでそういう話をするけど、悠々がダサいとかさ。 俺ほんとダサいんだよ、私服みたいなね。 昔もビートルズの人が履くような、あの白と黒のチェックのズボン買っちゃったんだよねみたいな。 それって自分にとっては恥ずかしい経験だけど、でもみんなの笑いになる。 で、それを言えるっていうのは、まあ自分を下げる笑いですよね。 をまあできる人で。 で、あの、日本の学校の先生でこのスタイルの笑いができる人ってあんまりいないんですよ。 僕の経験上、多分その日本史坊主先生しかいなかったと思う。 なんでかっていうと、基本的に先生ってプライド高いんだよ。 めっちゃ、めっちゃあの、あれだけど、偏見だけどね。 そう。 なんだろう。 やっぱ先生って呼ばれる人ってね、なんか自分よりもずっと年の小-- あの年のね、あの若い学生に「先生、先生」って呼ばれて、まあお仕事をするんで、偉そうな考え方になっちゃう人が多いんですよ。 そう。 あの僕の知り合いでも何人か先生いますけど、うん、なんかちょっと、ね。 ね、うん、うんって感じの。 うん、なんだけども、その日本史坊主さんは、そのお寺で働いてるんだけど、そのお寺がね、小さいお寺で、あんまりその参拝者、あの、まあお参りに来る人が少ないから、結構貧乏寺だったんだ、だったんだって、本当かどうかは知らんよ。 うん。 だから貧乏寺だからアルバイトとして日本史の先生をやっているっていう、この貧乏坊主ネタっていうのをよくクラスで話していて、やっぱこう、学生としてはすごく接しやすいっていうのをね、あの、そういう先生だったんですよ。 そう。 「何が貧乏じゃ!」 みたいなね。 そう。 「先生」つって、「今日、今日昼ご飯ご馳走してあげようか?」とかって、めっちゃ生意気な高校生とかいるわけよ、クラスメイトでね。 「先生」つって、「あの、今日、今日学食、あの奢ってあげようか?」とか言って。 で、普通だったら「先生にどういうことじゃ!」 みたいに怒るところを、日本史坊主は「え、いいの?」って。 「誰が貧乏坊主じゃ」みたいな。 「さすがに昼ご飯ぐらい、あの、持っとるわ」つって。 「奥さんが作ってくれたお弁当があんだよ」とかって言って、みんなが「あーはいはいはいはい」みたいな。 で、ケラケラケラって笑うみたいなのができる先生で、ああいいなって。 僕もいつか先生になったら、そういうね、ちょっとバカにされるぐらいがちょうどいい先生になりたいなって思っております。 どうなんだろうね。 会話レッスンの学生的に僕ってそういうなんか冗談言っても許されるっていうか、そういう近しい存在としていられるのかなって思うと、まあ難しいね。 あの、僕自身も多分ね、そういう接しにくい雰囲気出しちゃってる部分もあるのかな。 わかんないですけど。 うん、日本史坊主大好きでした。 で、次なんですけども、えーと、仏の現文。 はい。 えーと、現文っていうのは現代文学ですね。 まあその、まあ国語みたいな感じよ。 そう、あの昔の文ではなく、今の文、今の文とか今の文章を読んで、まあ漢字だったりとか、あの小論文だよね、書く練習をしたりとかするクラス、現文って言うんだけど、仏の現文です。 はい。 この先生はね、あの、本当に優しい先生で、まあいいかどうかは別として、その先生はもともと相撲部の先生だったんだよ。 で、本当にね、優しぎ-- その相撲部も昔そのうちの大学-- えー、うちの高校でめちゃくちゃ強かったらしくて、その監督として長い間働いていたんだけど、あの、そのね、相撲部がなくなってしまって。 で、もう本当にもうすぐその先生もおじいちゃんっていうことで、もう定年になるから、まあ最後のね、あのクラスでスポーツクラスをやりたいっていう風に、まあ志願してくれた先生なんだけど、相撲部の、相撲部なんて超厳しいですよ。 ね。 その監督でスポーツクラスの先生でしょ。 で、「ふざけんなよ」みたいに全く。 仏のって言われる人は優しいっていう意味。 仏様は優しいでしょ。 みんな許してくれるでしょ。 そう。 だから仏の現文っていうのはもう優しい現文の先生だった。 どういうふうに優しかったかっていうと、「授業を半分以上寝ていいよ」っていう風に、そう言う先生だったの。 いいかどうかはわかんないけど、でもめちゃくちゃ助かった。 正直ね、例えば僕とか高校時代に、もうほんと朝五時から泳いで、で、学校行って、で、また夜九時ぐらいまで泳ぐから、本当にもう体疲れてんのよ。 でも本当に眠いんだけど、もう寝られないじゃん、授業。 でも現文の人は「私こうやって話してるから、話してるから眠い人は寝ちゃっていいよ。 お前らあの、みんな大変でしょ?」って。 「みんなね、朝から朝練やって、ね、授業ですごい眠いけど、寝たら怒られたり叩かれたりするだろ」って。 「僕のクラスぐらいはゆっくりしてくれ」っていう風に言ってね。 で、こう、静かな眠くなる声で「はい、じゃあ何ページ見てください」みたいなおじいちゃんの声でね、で、授業を始めると。 で、そうするとみんなだんだんだんだん眠くなってきて、カーって寝ちゃうわけよ。 で、でも一応授業はあのしてるわけね。 で、あの、このYouTubeでアップロードされるそのポッドキャストでね、僕は高校時代どういうふうにその勉強について考えていたかっていう話をするんだけども、とりあえず僕はとにかく成績が大事だと思っていたから、結構起きてたんだよ、その中でも。 で、ある日ね、もうめちゃくちゃもう本当にあの、記憶に残ってる、鮮明に残ってるシーンがあって、確か高校一年生の時で、もう先生がね、「はい、じゃあなんとか何ページなんとか」って先生が一人でね、静かな声で教科書を読んでると。 で、もちろんだけども、みんなカーって寝ちゃうわけよ。 ね、その多分ね、七月とか六月とかの暑い時期で、その教室に、教室クーラーがついてるから、クーラーをつけてね、涼しい教室でみんなカーってもう気持ちよさそうに寝てると。 で、そんな中、僕ちょっと起きてて。 で、先生がふっと教科書を閉じて。 で、あの、何するのかなと思ったら、あの壁に向かってね、あのお相撲さんがその相手を押す時にさ、わかるかな? こう手のひらでドンってこう相手を押す、そういうポーズがあるんだけども、そう、そんな形で壁をパチパチパチってこうやって押し始めて。 相撲のトレーニングみたいなんでね。 で、うちらの教室が二階からあったんだけど、あ、ごめん、うちらの教室が二階にあったんだけど、その二階からその校庭、私たちが走るトレーニングをする校庭と校庭の奥に僕らのメイン、何、メインの場所、えー、プールがあると。 で、どうもそのプールの隣に昔その相撲のトレーニングをする土俵、であの、お相撲さんが戦う場所を土俵って言うんだけど、土俵がどうもあったらしいんだよね。 でももちろん相撲部はなくなってしまったから、その土俵はもう完全にもう撤去される、の、なくなっちゃって。 そう。 で、その合宿所って言って、その学校に泊まりながらトレーニングができる、まあそういうなんか宿舎みたいな、まあホテルまで言わないけど、泊まる場所があるんだけど、そこら辺にどうもその土俵があった。 で、そのね、えー、仏の原文の先生がパチパチって壁をこうやって相撲のスタイルで押す練習をした後、すーっとこう窓の方に行って、窓からその昔土俵があった方をね、眺めていて。 もうおじいちゃんだよ。 六十、多分三、四歳だったのかな。 背の小さい先生で、「え、相撲部の先生?」 みたいな。 優しい顔の小さい先生で、昔本当に怖かったらしいんだけど、そんな怖さとかも全然もう面影がない。 面影ってね、まあ後で調べて、そういう雰囲気、昔そうだったんじゃないかなっていう雰囲気を面影って言うんだけど、怖かった面影のないね、優しい顔をした先生が寂しそうにその、昔土俵があったところをぼーっと見ていてね。 なんかそのシーンをすっごい今でもなんでかわかんないけど、脳裏に焼き付いている。 その頭の中にね、すごく残っています。 うん。 っていう本当に優しい先生でしたね。 はい、ここまではいいんですよ。 あの、で、日本史坊主先生も仏の原文先生も、本当に僕たちを助けてくれた優しい先生だったんですよ。 で、一人だけね、その中でも本当に大変だった超体罰先生がいて、それを今回僕はね、「阿修羅の英語」っていう風に呼びたいと思うんですけど、阿修羅っていうのは、えー、まあ仏教の、まあ仏教でいいかな。 仏教の神様ですね。 すんごい怖い顔をしていて、その仏様を守る戦士、戦士ですよ。 戦士のような神様、阿修羅って言うんだけど、ほんとね、阿修羅みたいな顔してる英語の先生で、背も高、背が高くて、で、ちょっと痩せてる先生。 そう、白髪でね、目がギョロっと目が大きくて。 そう。 で、なんか知らないけど、いつも唇がプルプルプルプル震えてるっていう。 そう。 えー、その先生はね、女子バレーの先生で、女子バレーとかの監督とかもめちゃくちゃ怖い先生多いんだけど、えーと、その中でね、女子バレーの先生、阿修羅の英語。 この先生はもうめちゃくちゃ体罰の先生で、なんで僕たちを殴ったかと言いますと、竹刀、竹刀っていうのは竹の剣ですね。 あの剣道で使う竹刀。 あれの、あれ竹刀って四つの竹の棒が合わさって、それをこうまとめて竹の剣になるんだけど、その一つの部分。 そう。 だから何て言うのかな、物差しじゃないけども、竹の細い棒になるわけよ。 あれをバラバラにすると。 で、その竹の硬くてちょっと重めの細い棒をいつも持ってる。 どれぐらいかな。 三十センチから四十センチぐらい。 で、その棒をいつも持ってて。 で、あの、教壇っていうね、先生の机、いつもパシパシパシってバンバンバンって叩いて。 で、あの「やめろ」とかバンバンバンっていう風に、その武器を持ってるんですよ。 で、宿題を忘れた生徒はその棒で裏もも裏腿ね。 腿ってわかる? 足の部分の上の部分ね、太いところ。 そう、そこの裏部分。 そう、表じゃなくて前の部分じゃなくて後ろの部分。 だからお尻の下あたり。 そこをその棒でパチーンって叩くんですよ。 めっちゃくちゃ痛い。 そう。 だからみんな叩かれないように、その宿題を忘れないように頑張ってやるんだけど、でももともと動物ちゃんたちでしょ。 宿題なんてできないし、わかんないし、英語なんてそもそもできない。 もう中学校の時点で英語ができないから、高校の英語なんて全くわからない。 そんな中、宿題をほとんどの人が忘れるんですよね。 で、その授業の初めに「おい、宿題持ってきたやつ、じゃあ宿題忘れたやつ立て」って。 で、まあ人中人、人ぐらいは、あの、宿題を忘れてるんですよ。 だからガチャ、あの、ガタッて言ってね、人ぐらいが立つと。 「ケツ出せケツ」って。 パン、パン、パン、パンって叩かれていく。 そう。 で、あの、授業中に授業を聞いてない時にはね、「悠介立て」、まあ悠介って呼ばれてないけど、まあいいや。 「悠悠立て」つって、「悠悠、はい」つって「立ちます」。 「ケツ出せ」つってパンって叩かれると。 もう本当にね、あの、授業終わってね、よく叩かれた、その授業だ、よく叩かれる授業とかは、もう本当に足のその腿裏が真っ赤っかになっちゃうみたいなね。 そんなに、そんな大変な、大変な先生だったんですけども。 ある日ね、あの野球部の男の子、I君、I君、あのIって英語のIね、あのイニシャル。 I君があの、「おいみんな」つって、「俺めっちゃ頭いいわ」つって。 「え、どうしたん?」 つって。 「これさ、ケツに漫画入れておけばいけんじゃね?」とかって言って。 みんなバカだから「えー、マジか」と思って。 「すげえな」つって。 「これ全然痛くねえじゃん。 よし、やってみるわ」つって。 次の日、次のクラスね、あの阿修羅の英語先生が来て。 で、「宿題忘れたやつ立て」つって。 で、もちろんI君も宿題を忘れたと。 で、I君のお尻の方には、あの漫画が入ってるんですよ。 しかも週刊少年ジャンプっていうめちゃくちゃ厚い漫画雑誌が入ってる。 で、あの昔の高校生、まあ僕の時代の高校生って腰パンって言って、あのズボンをね、もうすっごいめちゃくちゃ下げるのがかっこいいっていう風になってたのよ。 そう、今はもう何がかっこいいんだろうって言って、腰パンじゃなくてお尻パンぐらいのね、ズボンのそのベルトの部分がお尻の辺りにぐらいまで下げられてると。 まあそんな状態でね、I君があのI君の順番になって。 で、「おいI」つって「ケツ出せ」って言われて、ヒュッってお尻を出したんですよ。 で、当然だけども、お尻の形がおかしいわけじゃないですか。 ね、だってすごい厚い漫画が入ってんだよ。 でお尻をキュッてこう後ろに出したら、ね、どう考えてもお尻が四角いんですよ。 で、もうみんな、みんな笑い始めて。 で、あの、さすがの阿修羅の英語ね。 阿修羅のように怖い英語の先生ですら、ちょっともう笑っちゃってんのね。 笑っちゃってる。 で。 行ったなと。 笑ってるってことはこれ許されてるぞと。 みんながすげえなって思ったらなんてことはない。 「何が入ってんだ」って言って、「出せ」って。 で、お尻から漫画を出すと。 で、学校に漫画持ってきちゃいけないんですよ。 だからもう、もう最悪です。 ダブルパンチです。 で、「ケツ出せ」つって。 パンパンパンパンパンパンパンパンって十回ぐらい叩かれてましたね。 もうみんな大爆笑です。 あれもね、すごいハッキリ覚えてるね。 はい。 そんなもう今だったら大変だけども、そういう厳しい先生がいました。 で、最後にあの鬼の担任っていうことでね、鬼です。 で、もうね、このスポーツクラスっていうのは、あの三年間同じ担任の先生、担当の先生が三年間変わらないんですよ、基本的に。 で、なんとその担任の先生があの水泳部、僕の所属している水泳部の顧問の先生、監督の先生、もう最悪。 普通野球部の人とかだったら別にちょっと悪いことをしてもいいんですよ。 ちょっとなんかね、あの響かないと。 だからクラスの時にはもっと自由なの。 なんだけども、僕も常に水泳部の監督の先生がいるところにいると。 ね、朝の授業、ホームルームでも水泳部の先生、授業中もたまにその他のね、えーと、教科の時はいいんだけど、いいんだけど、何か学校行事とかの時には水泳部の先生ね。 で、もちろんだけど部活が始まったら水泳部の先生って、もうずーっともうあの安心できない。 で、その先生も超体罰先生でめちゃくちゃ殴られた。 一回ほんと僕ね、人生で大きな喧嘩をしたことってほとんどないんですよ。 ほとんどない。 せいぜい一番ひどい喧嘩で弟ぐらい。 そう。 なので、僕、に、なんか人にね、グーパンチで顔を殴られたことってないんですよ。 でも、その先生だけ。 だから実際はある。 ごめん。 そう、その先生にマジで大人のグーで、この目の下あたりをバコーンって殴られたことが一回あって。 そう、それも大したことじゃなかったんだよ。 あの、なんか遠足ね、そのスクールトリップで、で、バスにみんなが乗って、で、その学生が全員いますかっていうのを確認しなきゃいけない。 僕、そのクラスの中のリーダーだったから、その「みんないる?」って、みんなに聞いたら「みんないる」って言うのよ。 で、みんないるって言うからいると思って、その担任の先生にいるって言ったら、後から遅れてる、遅れてきた人がいて。 で、遅れてきた人が悪いじゃん。 ね。 で、その子と仲いい人たちもいないって言やいいじゃん。 でもふざけているとかってみんな言ったから、僕いると思って、その先生にいるって言って、遅れてきた人が乗ってきて、なぜか知らんけど僕が殴られたのよ。 それがもうほんとグーのストレートパンチ。 あのボクシングみたいにグローブつけてないからね。 そう、ほんとバキって声、音聞こえて。 で、ほんともうなんか痛いというか、あの頭がボーっとすんのね。 脳が揺れてるから。 で、その後、だんだんだんだんだんだん目の下が痛くなってきて、もう何て言うの、普通さ、こうどっかをぶつけると紫色になるじゃん。 紫色に。 ね、これあざって言うんだけど、あざになるじゃん。 違うの。 黄色くなんの。 マジで、マジでやばいと黄色くなんの。 そう。 で、もう目開かない状態になってっていう、それぐらい派手にね、グーで殴られたことがありましたね。 それ以外にも結構あの殴られたりとか、あと髪の毛切られたりとかしましたね。 いやー、なんかね、まあ大人になってから、まあ笑い話ではあるけど、その両親とね、特にあの、僕のお父さんはその先生をめっちゃリスペクトしてんのよ。 昔の先生だからね。 でも僕の母親はあんまり好きじゃなくて、その先生のこと。 うん。 ね、あれないよなみたいな話をたまにしますね。 そうそうそう。 まあでも、まあ時代だよね。 手が出る時代。 多分このポッドキャストをね、聞いてくださっている人の中にも、僕の同世代、もしくは僕よりも先輩の方が多分聞いてくださってると思うんですけども、多分ね、アジアとかだったら結構体罰ね、あの叩かれた経験もあるんじゃないかなって思います。 懐かしいなって思って聞いてもらえたらいいなと思います。 ということで、以上です。 悠々の。 悠々の。 ゆゆ、悠々の。 悠々の日本語ポッドキャスト。 はい、ということで、まあね、あの、今回お話していきました。 で、なんかまた別のプライベートレッスンの学生でね、あるスポーツのコーチの方がいるんですけども、やっぱりそういった恐怖で学生をコントロールするのは良くないよねっていう、なんかそういうのは確かにそうだなって思いました。 うん。 なんかその、怒られるからとか、叩かれるのが嫌だからっていう風に、あの教育してしまうと、怒られないようにするから、なんか見えないところでは頑張らないのよね。 そう。 なんか自分が良くなるためには努力できなくなっちゃうから、やっぱり一教育者としてね、その悠々が怖いから頑張って日本語勉強しようみたいなクラスは絶対にやめようっていう風に、うん、思うようになりました。 まあ、そういう風に思えたのもね、あの、高校の経験があったからかなと思うと、まあ別に悪い経験ではなかったのかなとも思います。 うん。 で、ただね、優しすぎるとやっぱりみんなダレちゃうから、やっぱりその、自分が嫌だなとかそれはいけないよっていうことをしている人がいたら、ちゃんと怒ってるっていうのをあの、見せなきゃいけないと。 で、ただ怒鳴ったりとか、ね、悪口を言ったりとか、あの、そういうのでね、その怒るっていうのは、多分そういうことをしたあと、自分も、なんだろう、自分も許せない、落ち込んでしまったりとかして、もう誰にもいい影響を与えないから、なんかね、いい形でその自分の怒ってるよっていう部分を学生に伝えられる方法があるのかなって思った時に、メキシコママの怒り方がね、本当に素晴らしいと思うんですよ。 そう。 これ、あのラテンアメリカの人は絶対ニヤニヤニヤって笑いながら聞いてると思うんだけど、低ーい声で本名を言う、フルネームを言うんだよ。 ラテンママって。 ぶち切れると。 そう、例えばだけど、えー、どうしようかな。 マリー、マリオさんにしようかな。 えっと、マヌエル、いや、マヌエルアントニオにしようかな。 うん。 基本的にラテンアメリカの人って二つ名前があって、二つ苗字があるんですよ。 で、普通はあの、なんかトニーとかさ。 うん。 あのニックネームとかで呼ぶんだよ。 愛称とかでね。 でも-ラテンママがブチギレると、「マヌエルアントニオ」みたいな、ちょっと低い声でフルネームを言う。 名字も言ってね、「マヌエルアントニオロペス」みたいなことを言うと、あのラテンの子供たち、ラテンの人たちの子供たちはもう、「あ、やっべ」みたいな、「あ、終わった」って思うらしい。 すっごいビビるらしい。 あの、これニディアさんもそうらしいね。 うん。 そうそう。 いつも「ニディ」って言われるんだけど、「ニディア」って言われるとニディアさんビクって。 やばってなると。 なんかそういった、ちょっとこう、なんていうのかな、その背中がピンとまっすぐなるような、そういうね、武器も一つ持っておかないといけないなと思って。 どうしようかなと。 うん。 でもちょっと低く、「もういいかな」とかっていうのはあの、使えるかなって思いました。 それの程度で十分だよね。 はい。 まあそんな高校時代のお話です。 いかがだったでしょうか。 最後にお知らせをさせてください。 YUYUの日本語ポッドキャストではパトレオンをやっております。 こういったポッドキャストのスクリプトを PDF でダウンロードして、シャドーイングの練習または単語の勉強に使いたいという方は、ぜひぜひ一ヶ月五ドルのサポートをしてくださ-- あ、サポートをしていただけると助かります。 はい。 えーと、パトレオンのリンクに関しましては、このポッドキャストの説明欄のところに書いてありますので、興味があったらよろしくお願いします。 そして、 YouTube チャンネルもやっております。 YouTube チャンネルでは、あの比較的日本語の勉強、日本語の会話のアドバイスをするポッドキャストが多いです。 こういったね、僕のプライベートなお話を聞いた後、ちゃんと真面目に、まああの、日本語に関するあのビデオが見たいなという方は、ぜひ YouTube の方もチェックよろしくお願いします。 ということで、皆さん引き続き日本語の勉強頑張ってください。 それじゃあまたね。 バイバイ。