明るい声を世の中に中村ラジオへようこそ。 故郷路人竹内好実訳。 明くる日、鳥を撮ってくれと頼むと、彼はダメだよ、大雪が降ってからでなきゃ。 おいらとこ、砂地に雪が降るだろう。 そうしたら雪をかいて少し空き地をこしらえるんだ。 それから大きな籠を持ってきて、短いつっかえ棒を買って葛もみをまくんだ。 そうすると小鳥が来て食うから、その時遠くの方から棒に結えてある縄を引っ張るんだ。 そうするとみんな籠から逃げられないんだ。 何だって言うぜ。 タウチーだのチャウチーだの、ハトだのランペイだの。 それからは雪の降るのが待ち遠しくなった。 ルントウはまた言うのだ。 今は寒いけどな。 夏になったらおいらとこへ来るといいや。 おいら、昼間は海へ貝殻拾いに行くんだ。 赤いのも青いのも何でもあるよ。 鬼おどしもあるし、観音様の手もあるよ。 晩には父ちゃんとスイカの番に行くのさ。 お前も来いよ。 泥棒の番? そうじゃない。 通りがかりの人が喉が渇いてスイカを取って食ったって、そんなの、おいらとこじゃ泥棒なんて思いやしない。 番をするのはアナグマやハリネズミやチャーさ。 月のある晩に、いいかい、ガリガリって音がしたら、チャーがスイカをかじってるんだ。 そうしたら、手にさすまたを持って忍び寄って。 その時私はそのチャーというのがどんなものか見当もつかなかった。 今でも見当はつかないが、ただなんとなく子犬のような、そして獰猛な動物だという感じがした。 噛みつかない? さすまたがあるじゃないか。 忍び寄ってチャーを見つけたら突くのさ。 あん畜生利口だから、こっちへ走ってくるよ。 そうして股をくぐって逃げてしまうよ。 何しろ毛が油みたいにすべっこくて。 こんなにたくさん珍しいことがあろうなど、それまで私は思ってもみなかった。 海にはそのような五色の貝殻があるものなのか。 スイカにはこんな危険な経歴があるものなのか。 私はスイカといえば果物屋に売っているものとばかり思っていた。 おいらとこの砂地では、高潮の時分になると羽根魚がいっぱい跳ねるよ。 みんなカエルみたいな足が二本あって。 ああ、ルントウの心は神秘の宝庫で、私の遊び仲間とは大違いだ。 こんなことは私の友達は何も知ってはいない。 ルントウが海辺にいる時、彼らは私と同様、高い塀に囲まれた中庭から四角な空を眺めているだけなのだ。 惜しくも正月は過ぎて、ルントウは家へ帰らねばならなかった。 別れが辛くて、私は声を上げて泣いた。 ルントウも台所の隅に隠れて嫌がって泣いていたが、とうとう父親に連れて行かれた。 その後、彼は父親に言付けて貝殻を一つ包みと美しい鳥の羽を何本か届けてくれた。 私も度何か贈り物をしたが、それきり顔を合わす機会はなかった。 今、母の口から彼の名が出たので、この子供の頃の思い出が電光のように一挙に蘇り、私はやっと美しい故郷を見た思いがした。 私はすぐこう答えた。 それはいいな。 で、今はどんな? どんなって、やっぱり楽ではないようだが。 そう答えて母は戸外へ目をやった。 あの連中また来ている。 道具を買うという口実で、その辺にあるものを勝手に持っていくのさ。 ちょっと見てくるからね。 母は立ち上がって出て行った。 外では数人の女の声がしていた。 私は本炉をこちらへ呼んで話し相手になってやった。 字は書ける。 よそへ行くの嬉しいなどなど。 汽車に乗って行くの? 汽車に乗って行くんだよ。 お船は? 初めにお船に乗って。 まあまあ、こんなになって、髭をこんなに生やして。 不意に甲高い声が響いた。 びっくりして頭を上げてみると、私の前には頬骨の出た唇の薄い 50 絡みの女が立っていた。 両手を腰に当てがい、スカートを履かないズボン姿で足を開いて立ったところは、まるで製図用の足の細いコンパスそっくりだった。 私はドキンとした。 忘れたかね。 よく抱っこしてあげたものだが。 ますますドキンとした。 幸い、母が現れて口添えしてくれた。 「長いこと家にいなかったから、見忘れてしまってね。 お前、覚えているだろう」と、私に向かって、「ほら、筋向いのヤンおばさん、豆腐屋の。」 そうそう、思い出した。 そういえば、子供の頃、筋向いの豆腐屋にヤンおばさんという人が一日中座っていて、豆腐屋小町と呼ばれていたっけ。 しかし、その人なら、おしろいを塗っていたし、頬骨もこんなに出ていないし、唇もこんなに薄くはなかったはずだ。 それに、一日中座っていたのだから、こんなコンパスのような姿勢は、見ようにも見られなかった。 その頃噂では、彼女のおかげで豆腐屋は商売繁盛だとされた。 多分年齢のせいだろうか、私はそういうことにさっぱり関心がなかった。 そのため、見忘れてしまったのである。 ところがコンパスの方では、それがいかにも不服らしく、蔑むような表情を見せた。 まるで、フランス人のくせにナポレオンを知らず、アメリカ人のくせにワシントンを知らぬのを嘲るといった調子で、冷笑を浮かべながら、「忘れたのかい? 何しろ身分のあるお方は、目が上を向いているからねえ。」 「そんなわけじゃないよ、僕は。」 私はどぎまぎして、立ち上がった。 「それならね、お聞きなさいよ、俊ちゃん。 あんた金持ちになったんでしょ? 持ち運びだって重くて不便ですよ。 こんなガラクタ道具、邪魔だから、私にくれてしまいなさいよ。 私たち貧乏人には、結構役に立ちますからねえ。」 「僕は金持ちじゃないよ。 これを売って、その金で」「おやおや、まあまあ。 知事様になっても金持ちじゃない? 現にお妾が三人もいて、お出ましは八人かきの籠で、それでも金持ちじゃない? ふん、騙そうたって、そうはいきませんよ。」 返事のしようがないので、私は口を閉じたまま立っていた。 「ああ、金が貯まれば財布の紐を締める。 財布の紐を締めるから、また貯まる。」 コンパスはふくれっ面で背を向けると、ブツブツ言いながら、ゆっくりした足取りで出て行った。 行きがけの駄賃に、母の手袋をズボンの下へねじ込んで。 その後、近所にいる親戚が何人も訪ねてきた。 その応対に追われながら、暇を見てにごしらえをした。 そんなことで、四、五日潰れた。