初めまして、荒川です。 よろしくお願いします。 ここからですね、十五分という時間をいただいてお話させていただきます。 皆さんまずこうして座って、ここで喋ってる僕自身っていうのを見たら、まず一つ疑問に思うと思います。 なんだこのチャラ男はと。 実際出てきて、しかもバリバリの関西弁で、何なんだこいつはと。 しかも紹介してもらったのも小説家とかゴミ拾いとかよくわかんないと実際思うと思います。 僕自身も何していいかよくわかりません。 で、どんな仕事をしているかというとですね、ご紹介いただいたみたいに、今七冊の本を出して小説家、作家の仕事をさせていただいているのと、あとですね、ゴミ拾いという活動で全世界十五万人以上集めて、五月の三日、ゴミの日に一斉にゴミ拾いをするという活動をさせていただいてます。 また一方で、全国の中学校、高校で三百校以上の学校で講演会をさせていただいたりだとか、また総理公邸ですね、今の内閣総理大臣、安倍晋三氏の奥様の安倍昭恵さんと一緒に、首相公邸で一緒にテレビ番組をやらせてもらってまして、そちらの MCをやらせていただいたり、また一方で、実は大阪で二店舗の飲食店の経営をしているという、よくわかんない人間ですよ、本当に。 で、そのよくわかんない人間がなぜこうしてできたのかという話を今からさせていただこうと思っています。 もともとの始まりはですね、皆様とおそらく今在校生がいらっしゃると思います。 二〇〇六年十一月八日、僕が上智大学三年生の時ですね、自分のこと嫌いだったんですよ。 おそらく皆さんの中にも自分のことを嫌いなんです、私自分のこと嫌いです、死んだ方がマシです、俺本当に生きてる価値ないよねっていう子、もしかしたらいるかもしれません。 僕自身も本当にそうで、夢がなかったんですね。 大学を卒業してもやりたいことも見つからなかったし、目標も見つからない。 適当に卒業して、適当に就職して、適当に結婚して、適当に死んでいくっていうことがいいとは思えなかったんですね。 心の奥底でずっと自分を変えたいと思って大学生活を過ごしてたんですけど、同時に一つの言葉が心に浮かんでました。 何かしたいけど、何すればいいかわからない。 中学生、高校生、大学生、全国に行くとみーんな言います。 何かしたいけど何をすればいいかわからない。 僕自身も本当にそうで、ずっと自分変えたい、自分変えたい、何かしたいってずっと言ってました。 それを大学三年生のある日、僕一個上に兄貴がいるんですけど、兄貴にこう言われました。 お前な、何かしたい、何かしたいって口ばっかりやんけ。 ほんまに変わりたかったらな、何でもいいからお前行動せえよ。 って言われまして。 その言葉がすごく響いて、初めて何かをしようって大学三年生の時に思って、そして僕は兄に言いました。 よし、わかった。 じゃあな俺、毎朝六時から新宿駅でゴミ拾いする。 って言った言葉に対して兄がこう返しました。 なんで? わけわかんないですよね。 なんで自分変えたくて新宿でゴミ拾いなの? って話なんですけど、僕サークルもやってなかったし、部活もやってなかったし、趣味は寝ることだし、単位もギリギリ。 そんな人間が今更二十歳で頑張りますつっても頑張れないんです。 はっきり言って。 何にもできなかったんです。 その時に気づきました。 俺、本当に何にもできひんねんなと思ったと同時に、でもゴミ拾いぐらいだったらできるかもなとその時思いました。 その時にできることがゴミ拾いしかないなら、とりあえずゴミ拾いをやろうと思って。 そうして選んだ場所が朝六時の新宿駅東口。 なぜ朝六時かというと、授業とかがあったので。 新宿駅っていうとね、やっぱりそっち飲み歩いてて、あそこ汚いんですよね。 皆さんご存知のとおり。 どうせやるなら汚いとこをやろうと思って。 そうして毎朝六時から新宿駅でゴミ拾いという挑戦が、自分を変えたいという思いで始まりました。 それが二〇〇六年十一月八日の話だったんですけど、まあいざやってみたらですね、本当に僕バカだったんで、背中に一緒に掃除してくれる人募集という看板を背負ったんですね。 なんででしょうかね。 モテると思ってたんですね。 いや、モテへんって思うでしょ? でもあの時僕本当に二十歳でバカだったんで、あの時あそこでゴミ拾ってたら、キャバ嬢とかギャルとか家出中の女の子ばっかり寄って、そこで俺がゴミ拾ってる姿にキューってなるかなと思ったんですけど、まあなるわけないですよね。 まあそこにあった現実というのは、ホスト、ホームレス、酔っ払い、そのまたその筋の怖い人たちばっかりでして、まあすごい嫌がらせが待ってまして。 目の前でゴミ捨てられて、顔に唾吐かれて、蹴られて、殴られて、これ本当の話です。 集めたゴミをバッサーって撒き散らかされて。 それで頭からジュースかけられて、挙句の果てにはカラスの死骸投げつけられて。 どこまで気に食わないんだ俺のことを。 逆にあなたすごいですねみたいなね。 そんなことが本当にあって。 それで僕、兄貴に言われたんです。 お前どうせやっても続かんから、期間だけは決めて絶対その期間やり遂げろ。 で、僕、兄貴に一ヶ月は続けるって言ってしまったんです。 そのせいで一ヶ月はとりあえず続けようと思って、それでも頑張ってやってました。 でもその間も結局喧嘩に巻き込まれたりとか、いろんなことがあって、何度も諦めそうになって、挫けそうになって。 でもそんなある日、ある人が手伝ってくれたんですね。 ホームレスのおじさんでした。 半分ケツ出てました。 なんで半ケツ? って思ったんですけどね。 それでも初めてできた半ケツのホームレスがすごくそこが嬉しくて、初めての仲間、嬉しくて、次の日も次の日も新宿に足が向かっていくうちに、また一人とホームレスのおじさんが増えて、そしてそうしていくうちに、気づいたらどんどんどんどん一ヶ月っていう目標を達成できて、それでもずっと続けていくと、一ヶ月半経った時には目の前でゴミを捨てたホストのお兄さんが僕のところにゴミを持ってきてくれたりとか、そうしてやる時は。 怖いおじさんがね、缶コーヒー買ってくれるような、そんな変化がどんどんどんどん起きてきて、サラリーマンのおじさんが兄ちゃん、いつもありがとう、ご苦労様って言葉をかけてくれて。 そうしていくうちに、新宿に行くのがどんどんどんどん楽しみに変わってる自分がいて。 そうして 2006年12月の年末ですね、ゴミ拾い始めて 2ヶ月。 ある出来事が僕に起きました。 新聞に出たんですね。 朝日新聞が取り上げてくれたんですけど、このような記事でした。 でっかくこの1面に僕が載ってました。 新宿東口 20歳の清掃。 ここに僕、思いっきり映ってます。 掃除をする荒川裕二さん。 そういえば取材みたいなあったなと。 自分変えたい二十歳荒川裕二上智大学上智大学生です。 言ったなと。 そして朝六時に一人。 そしてその後にこのように書かれていました。 この記事には世界変えたい。 言ってへんって。 アホかと。 この記事見て。 これでまた幸いなんですけど、そうしたらまたうわって人がそこからどんどんどんどん集まっていきまして、人、 10人、 15人、 20人、 30人、 50人とどんどん増えていって、この新聞出た半年後に、次は NHK が活動を特集してくれて、テレビラジオに出まくった結果、すごい人が増えてきて、もうある日なんか 2月の 8日僕覚えてます。 北海道から来ました。 沖縄から来ます。 大阪から人来ました。 どんどんどん増えていって、ロシアから来ました。 どっから来るねんって来まして。 この放送は国際放送まであって、ロシアからフル視聴ができるロシア人まで来まして。 結局人が増えていくうちに、みんなどんどん協力的に変わってくれて、そうして 3ヶ月、 4ヶ月、 5ヶ月、半年経った時に、初めて 2007年5月の3日、ゴミの日ってことで、全国で一斉にゴミ拾いしようってイベントを開催しました。 そしたらその時、全国 27箇所 444人という仲間が集まって、その時気づいたんですね。 初めて自分を好きになれてたんです。 でも、その理由ってのは何だったか。 自分を好きになりたいって皆さん言います。 よく全国の中学校、高校に行くとみんな言います。 講演会で出会った生徒さん、自分を好きになりたいです。 でもどうしたらいいかわからない。 でもその時、 2007年5月の3日、一つの答えが僕にありました。 自分を好きになること、それは自分を信じること、自信を持つことだったんですね。 今まで何をしても俺無理無理、できひん、できひん、いやいやもう無理やからって言って逃げてる自分なんか好きにはなれませんでした。 それでもこのゴミ拾いを通して耐えることができた。 続けることができた。 それが全国に広がっていった。 その経験を胸に宿すことができた時、大きな壁を目の前にした時に、今までなら無理無理、やめとこう、やめとこうって下がっていた一歩が、大きな壁を目の前にしたその瞬間、だって俺あの時できたもん。 だって俺あの時耐えれたもん。 だから今回もできるって思ったら、その一歩がバンと前に踏み出すことができた。 そこには大好きな自分がいた。 そうして僕自身は大学を卒業して、 2008年5月の3日は全国で約 50箇所、 1500人に広がって、 2009年5月の3日、全世界 26か国 1万5534人になり、そうして 2010年5月の3日、全世界 30か国以上、 10万3036人と広がり、今では全世界で 60か国、 15万人以上という流れに広がっています。 そして一方でどんな仕事をしているかというと、その話を学校で講演してくれませんか? っていうお話をいただいて、初めて大学4年生の4月に学校で講演会させてもらって、それを一生懸命やっていくうちに、その話面白いですねっていうところから本にしませんか? という依頼をいただきました。 そうして一生懸命本を書いていくと、君の文章面白いねって次の本どうですか? って言われて、 2冊、 3冊、 4冊、 5冊とやっていくうちに、今の小説家という自分自身がいて、そうして活動を継続していくうちに、安倍総理の奥さんから人からゴミ拾いの活動を聞きました。 すごく感動しましたっていうところから一緒につながってもらって、今では総理公邸で一緒に番組をやらせてもらって、そしてまた一方でずっと継続した活動をしていく中で、貯まったお金で、かつての俺と同じ思いをしている若い子たちにお前も絶対できるでっていう場所を作りたいっていうところから飲食店を作りました。 そこでは元ニート、フリーターの子たちが元ニート、フリーターの子たちばっかりで、今では店長は中国人の元フリーターの子だったりとか、中卒、元ニートの子たちが店長をやってて、今では 50人以上の従業員を抱えて、今社長ということもやらせていただいてます。 っていうのが、今の 2006年11月、 11月8日から 2015年5月31日の僕自身のこれまでの歩みなんですけど、長々と話をしたのも理由があって、それは何だったかというと、全国の中学校、高校でも同じ話をするんですけど、今こうして皆さんこうして座られて、ここで喋ってる荒川裕二っていうのを見たら、最初だけ見たら、全国全世界で 15万人集めてゴミ拾ってます。 7冊の本を出して小説家やってます。 300校以上の学校で講演会してます。 安倍総理の奥さんと番組やってます。 ラジオ番組も元々やってました。 50人以上の従業員を抱えて社長やってますっていう荒川裕二だ聞いたら、あんただからできたんでしょ? って。 あんた特別でしょ? って。 俺には無理。 あんたと私違うからって思うかもしれません。 でも、自分の話をしたのも理由があって、このたった一言の言葉のために今日があったと思ってくれていいです。 それは何だったか。 15万人以上集めてゴミを拾うことも、 7冊の本を出して小説家になった荒川裕二も、 50人以上の従業員を抱えている社長をやった荒川裕二、安倍総理の奥さんと今共にいる荒川裕二も、分かっていてほしいことは一つで、ぜーんぶの始まりは 2006年11月8日、あの時始まった誰にでもできるゴミ拾いだったっていうことを皆さんに伝えたかったんです。 できるかできないかじゃなくて、やるかやらないか。 1日で始まったんじゃないです。 そして俺は皆さんにゴミ拾いしましょうって。 ゴミ拾いしたら俺みたいになれますよとか言う気ないんですよ。 皆さんは皆さんのやりたいことをやったり、社長になりたい、カフェ開きたい、 CA なりたい、看護師になりたい、いろんな思いがあっていいんです。 ただ、その時に同時に思ってほしいんです。 俺はこうなりたい、私はああなりたいっていう理想をはっきり思い描いて、それと同時に、じゃあその理想の未来のために、今俺に、今私にこの瞬間何ができるかなって。 小さな一歩でいいんです。 インターネットで調べる、それに関連する本を読む、人に話を聞いてみる。 その小さな一歩が、たとえ 1メートルでも 1 センチでも 1 ミリでも歩み続けていくうちに、必ずその道は 1キロ、 10キロ、 100キロ、 1,000キロって大きくつながっていきます。 その始まりは、その道の始まりは今、この瞬間だっていうことを皆さんに僕はこの場を借りて伝えたいなと思っています。 だからこそ、大切なことは、皆さん自身の一歩を踏み出す勇気と、そして諦めない覚悟です。 いつか変えたい、いつかやりたい。 そのいつかっていうのはいつか。 本当に今、この瞬間だっていうことを伝えて、これで僕の話を終わりにしたいと思います。 今日は本当にありがとうございました。 何よりも今日を用意してくれたスタッフの皆さんに感謝します。 本当にありがとうございます。