今回の妖怪は、猫又と化け猫です。 どちらも猫の妖怪ですが、その区別ははっきりしていません。 それぞれ、詳しく見ていきましょう。 まず、猫又は、尻尾が二股に分かれた妖怪の猫で、この特徴から猫又と呼ばれています。 それに対して、化け猫というのは、妖怪に化けた猫の総称的な名前で、尻尾は一般的に分かれていません。 猫又は、山奥に住む「山猫又」と人里で生まれる「家猫又」がいると言われています。 江戸時代の怪談集にも、山に住んでいる猫又が人間に化けて現れた話があり、荻田安静が自分の母親に化けた猫又に矢を射る様子を描いています。 一方、家で飼われている猫も長い間飼っていると、年老いて猫又に化けるという考えが江戸時代以降広がり、山猫又は、年老いた猫が家から山に移り住んだのではないか、と考えられるようになりました。 『百怪図巻』には佐脇嵩之の、また『画図百鬼夜行』には鳥山石燕の猫又が描かれています。 特に、鳥山石燕の猫又では、左に障子から顔を出して見ている猫、右に縁側に手をついた猫、中央に二本足で立っている猫の3匹が描かれており、普通の猫が成長を重ね、二本足で立てるようになる過程を表していると、考えられています。 これで、家で飼われている猫が年をとるにつれて、だんだん猫又に変化していく様子がわかります。 同じ江戸時代の俳人・画家、与謝蕪村は蕪村妖怪絵巻で化け猫を描いています。 頭に手拭いをかぶった猫が踊っていますが、尻尾は一つです。 化け猫の伝説・伝承は、日本各地にあり、猫が人間に化ける話のほかに、人間の言葉を喋る話、油を舐める話、猫が踊る話などがあり、化け猫の怪談は、芝居にもなって上演されました。 では、どうして猫が妖怪になると考えられたのでしょうか。 まず、猫は光を反射して眼が光ります。 そして、光の強さによって瞳(虹彩)が大きくなったり、小さくなったりします。 昔の人にとっては、これは不気味に見えたのでしょう。 次に、猫は足音を立てずに歩きます。 人間のすぐ近くにいたり、急にいなくなったりします。 また、高い所に飛び上がったり、降りたりします。 特に夜は、眼の光と共に、その不測の動きは恐ろしかったのでしょう。 また、猫はネズミを捕まえるという一面があります。 犬のように従順ではなく、人間に懐いているようでも自分勝手で人間を観察しているような冷たさもあります。 そして動きは俊敏で、爪も鋭く野性的です。 以上のような猫特有の性質から、恐ろしいもの=この世のものではないもの、と考えられるようになったのでしょう。 『新版妖怪飛巡雙六』より「ねこまた」 (国際日本文化研究センター所蔵、一部加工) 猫が人間に化ける、というのも、猫の声が時として、人が話しているように聞こえたからかもしれません。 歌川国芳『昔ばなしの戯 猫又年をへて古寺に怪をなす図』(ナープルステク博物館所蔵) 猫は、古くから人間と共に暮らしてきた動物です。 それだけに、民間伝承も多く、そのミステリアスな猫の生態が妖怪へ導いたのかもしれません。