明るい声を世の中に中村ラジオへようこそ。 軽くなる生き方、松浦弥太郎。 スキップしながら仕事をしよう。 実は僕はかなりの恥ずかしがり屋だ。 だからこそ正直に言うというポリシーをわざわざ掲げているのかもしれない。 とは言っても、僕に限らず、ほとんどの人は恥ずかしがり屋なのではないだろうか。 いつもと違う方法を取る、ちょっとした工夫を試す、仕事で必死になる、むきになる自分を人前で見せることはたまらなく恥ずかしい。 できればいつも淡々と表情一つ変えずにさらっとしていたい。 こう願う人は大抵恥ずかしがり屋だ。 例えば、新しいお店に入っても、ワクワクしてメニューを隅々まで眺めるのではなく、あ、コーヒーくださいとあっさり言った方がかっこいいと思っている人がいる。 だが、マンゴージュースやハーブティーもあるのにトライせず、いつもコーヒーだけ飲んでいる人生はクールかもしれないが、せっかくの楽しいチャンスを逃してしまっているような気がしてしまう。 仕事の場でも、手慣れたやり方でさらりとこなした方がかっこよく思えることがある。 ベテランになればなるほど、慣れないやり方をすることは恥ずかしい。 昨日と全く同じ仕事だけれど、何か工夫して変化を起こそう。 こんな試みは大抵、手慣れたクールなやり方と対極にあるから、時としてじたばたする羽目になり、かなり恥ずかしい姿となる。 一生懸命にチャレンジすることは恥ずかしいことなのだ。 だから逃げたくなる。 新人の頃なら、昨日までは普通に歩くように仕事をしていたが、今日は大きく手を振って歩いてみようという小さな工夫でも変化になるが、経験を積むと、ありとあらゆる工夫はすでに試してしまっている。 大きく手を振るという変化がとっくに使用済みならば、飛び跳ねたりスキップしたりという極端な工夫をしないと、新しい変化は起こせない。 普通に歩いていてもこなせてしまうことを、あえてスキップしながらやってみる。 大人になってスキップするのは恥ずかしいけれど、大人こそスキップをした方がいい。 大人になればなるほど恥ずかしさは増すが、大人になればなるほどそれに照れてはいけない。 照れないこと。 これは初々しさを忘れず、変化し続け、軽やかに楽しく生きるために必要な勇気だ。 正直であること、感情を剥き出しにすることも大いに照れる。 暮らしの手帳の中で、僕は折に触れて仕事の方針や理念について話をするが、かっこいいスローガンだけ並べても意味がない。 価値観や基本的な考え方を共有したいという根幹に話題が及ぶと、なんとかしてわかってほしいという気持ちが洪水みたいに溢れてきて、思わず話しながら涙してしまうこともある。 大人が泣きながら話すなんて、はたから見れば滑稽で恥ずかしいことかもしれない。 だが、生身で真摯に対峙する自分の姿に照れてしまったら、言いたいことなんて何一つ相手に伝わらない。 自分の正直な考えについて、感情を押し殺して話すのは不可能だ。 生まれて初めて恋をした相手のことを思い出してほしい。 気持ちのありったけを伝えようとする姿は、人ごととして見れば無様で照れくさく、恥ずかしいものだったかもしれない。 だが、クールな告白をメールで打っていたら、愛する気持ちなんて伝えられないのではないか。 自分の真剣さに照れず、愛することに怯まず、恥ずかしさを乗り越えてこそ思いは伝わる。 本当に恋をしたことがある人であれば、その姿を滑稽だなんて思わない。 あたふたする姿を子供っぽいなんて笑わない。 仕事でもこれは同じだろう。 そして、初恋に限らず、全ての人に対して照れくささを超えた愛を示せば、世界はもっと楽しくなる。 だから、僕は照れくささをごくりと飲み込み、今日も恥ずかしい振る舞いをしようと決めている。 スキップしながら仕事をしよう。 勇気を持って恥ずかしいことをしよう。 照れくささを胸に秘めたかっこ悪い姿はそうそう捨てたもんじゃない。