明るい声を世の中に。 中村ラジオへようこそ。 故郷路人竹内好望訳。 ある寒い日の午後、私は食後の茶でくつろいでいた。 表に人の気配がしたので振り向いてみた。 思わずあっと声が出かかった。 急いで立ち上がって迎えた。 来た客は龍藤である。 ひと目で龍藤と分かったものの、その龍藤は、私の記憶にある龍藤とは似もつかなかった。 背丈は倍ほどになり、昔の艶のいい丸顔は今では黄ばんだ色に変わり、しかも深いしわがたたまれていた。 目も彼の父親がそうであったように、周りが赤く腫れている。 私は知っている。 海辺で工作するものは、一日中潮風に吹かれるせいで、よくこうなる。 頭には古ぼけた毛織の帽子、身には薄手の綿入れ一枚、全身ぶるぶる震えている。 紙包と長いキセルを手に提げている。 その手も、私の記憶にある血色のいいまるまるした手ではなく、太い節くれだった、しかもひび割れた松の幹のような手である。 私は感激で胸がいっぱいになり、しかしどう口を利いたものやら、思案がつかぬままに一言、「ああ、龍ちゃん、よく来たね」続いて言いたいことが後から後から数珠繋ぎになって出かかった。 茶打ち、羽根魚、貝殻、茶。 だが、それらは何かでせき止められたように、頭の中を駆け巡るだけで口からは出なかった。 彼は突っ立ったままだった。 喜びと寂しさの色が顔に現れた。 唇が動いたが、声にはならなかった。 最後に、恭しい態度に変わって、はっきりこう言った。 「旦那様」私は身震いしたらしかった。 悲しむべき厚い壁が二人の間を隔ててしまったのを感じた。 私は口が利けなかった。 彼は後ろを向いて「翠松、旦那様にお辞儀しな」と言って、彼の背に隠れていた子供を前へ出した。 これぞまさしく三十年前の龍藤であった。 いくらか痩せて顔色が悪く、銀の首輪もしていない違いはあるけれども。 「これが五番目の子でございます。 世間へ出さぬものですから、おどおどしておりまして」母と本女が二階から降りてきた。 話し声を聞きつけたのだろう。 「ご隠居様、お手紙は早くにいただきました。 まったく嬉しくてたまりませんでした。 旦那様がお帰りになると聞きまして」と龍藤は言った。 「まあ、何だってそんな他人行儀にするんだね。 お前たち、昔は兄妹の仲じゃないか。 昔のように、春ちゃんでいいんだよ」と母は嬉しそうに言った。 「めっそうな、ご隠居様。 何ともとんでもないことでございます。 あの頃は子供で、何の弁えもなく」そしてまたも翠松を前に出してお辞儀させようとしたが、子供ははにかんで父親の背にしがみついたままだった。 「これが翠松、五番目だね。 知らない人ばかりだから、はにかむのも無理ない。 本女やあちらで一緒に遊んでおやり」と母は言った。 言われて本女は翠松を誘い、翠松も嬉しそうに揃って出て行った。 母は龍藤に席を勧めた。 彼はしばらくためらった後、ようやく腰を下ろした。 長キセルをテーブルに立てかけて紙包を差し出した。 「冬場はろくなものがございません。 少しばかり青豆の干したのですが、自分とこのですから、どうか旦那様に」私は暮らし向きについて尋ねた。 彼は首を振るばかりだった。 「とてもとても、今では六番目の子も役に立ちますが、それでも追っつけません。 世間は物騒だし、どっちを向いても金は取られ放題。 決まりも何も作柄もよくございません。 作ったものを売りに行けば何度も税金を取られて元は切れるし、そうかと言って売らなければ腐らせるばかりで」首を振り通しである。 顔にはたくさんのしわがたたまれているが、まるで石像のように、そのしわは少しも動かなかった。 苦しみを感じはしても、それを言い表す術がないように、しばらく沈黙し、それからキセルを取り上げて黙々とタバコを吹かした。 母が都合を聞くと、家に用が多いから明日は帰らねばならぬという。 それに昼飯もまだというので、自分で台所へ行って飯を炒めて食べるように勧めた。 彼が出て行った後、母と私とは彼の境遇を思ってため息をついた。 子沢山、凶作、重い税金、兵隊、匪賊、役人、地主、みんな寄ってたかって彼をいじめて、木偶の坊みたいな人間にしてしまったのだ。 母は持っていかぬ品物はみんなくれてやろう、好きなように選ばせようと私に言った。 午後、彼は品物を選び出した。 長テーブル二個、椅子四脚、香炉と燭台一組、大ばかり一本。 その他藁灰もみんな欲しいと言った。 私たちのところでは、追地の時、藁をモス、その灰は砂地の肥料になる。 私たちが旅立つ時来て、船で運ぶと言った。 夜はまた世間話をした。 とりとめのない話ばかりだった。 明くる日の朝、彼は秋章を連れて帰っていった。 それからまた九日して、私たちの旅立ちの日になった。 龍藤は朝から来ていた。 秋章は連れずに、五歳になる女の子に船の番をさせていた。 それぞれに一日中忙しくて、もう話をする暇はなかった。 客も多かった。 見送りに来る者、品物を取りに来る者、見送りがてら品物を取りに来る者。 夕方になって、私たちが船に乗り込む頃には、この古い家にあった大小様々なガラクタ類はすっかり片付いていた。 船はひたすら前進した。 両岸の緑の山々は、黄昏の中で薄墨色に変わり、次々と船尾に消えた。 私と一緒に窓辺にもたれて暮れてゆく外の景色を眺めていた本瑠がふと問いかけた。 おじさん、僕たちいつ帰ってくるの? 帰ってくる。 どうしてまた行きもしないうちに帰るなんて考えたんだい。 だって、秋章が僕に家へ遊びに来いって。 大きな黒い目を見張って、彼はじっと考え込んでいた。 私も私の母もはっと胸をつかれた。 そして、話がまた龍藤のことに戻った。 母はこう語った。 例の豆腐屋小町のヤンおばさんは、私の家で片付けが始まってから毎日必ずやってきたが、一昨日、灰の山から椀や皿を十個余り掘り出した。 あれこれ議論の末、それは龍藤が埋めておいたに違いない。 灰を運ぶ時、一緒に持ち帰れるからという結論になった。 ヤンおばさんはこの発見を手柄顔に犬じらし、これは私たちのところで鳥を飼うのに使う。 木の板に柵を取り付けた道具で、中に食べ物を入れておくと、鳥は首を伸ばしてついばむことができるが、犬にはできないので、見て焦れるだけである。 をつかんで飛ぶように走り去った。 テンソク用の底の高い靴で、よくもと思うほど速かったそうだ。 古い家はますます遠くなり、故郷の山や水もますます遠くなる。 だが、名残惜しい気はしない。 自分の周りに目に見えぬ高い壁があって、その中に自分だけ取り残されたように気が滅入るだけである。 スイカ畑の銀の首輪の小英雄の面影は、もとは鮮明この上なかったのが、今では急にぼんやりしてしまった。 これもたまらなく悲しい。 母と本瑠とは寝入った。 私も横になって、船の底に水のぶつかる音を聞きながら、今、自分は自分の道を歩いていると分かった。 思えば、私と龍藤との距離は全く遠くなったが、若い世代は今でも心が通い合い、現に本瑠は秋章のことを慕っている。 せめて彼らだけは、私と違って互いに隔絶することのないように。 とは言っても、彼らが一つ心でいたいがために、私のように無駄の積み重ねで魂をすり減らす生活を共にすることは願わない。 また、龍藤のように打ちひしがれて心が麻痺する生活を共にすることも願わない。 また、他の人のように自棄を起こして野放図に走る生活を共にすることも願わない。 希望を言えば、彼らは新しい生活を持たなくてはならない。 私たちの経験しなかった新しい生活を。 希望という考えが浮かんだので、私はドキッとした。 確か龍藤が香炉と燭台を所望した時、私は相変わらずの偶像崇拝だな、いつになったら忘れるつもりかと、心密かに彼のことを笑ったものだが、今、私の言う希望も、やはり手製の偶像に過ぎるのではないか。 ただ、彼の望むものはすぐ手に入り、私の望むものは手に入りにくいだけだ。 まどろみかけた私の目に、海辺の広い緑の砂地が浮かんでくる。 その上の紺碧の空には、金色の丸い月がかかっている。 思うに、希望とは、もともとあるものとも言えぬし、ないものとも言えない。 それは地上の道のようなものである。 もともと地上には道はない。 歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。