ベルギーのフランダース地方のお話です。 風車の見える美しい風景の中に小さな小屋がありました。 そこにはダース爺さんとネロという名の金色の髪の男の子が住んでいました。 ネロが小さな時にお父さんとお母さんが死んでしまい、幼いネロはダース爺さんに引き取られ、この村へやってきました。 二人は毎日5キロほど離れたアントワープの町までミルクを運ぶ仕事をしていましたが、どんなに頑張ってもミルクとパンだけの貧しい暮らしでした。 そんなある日、草むらに犬が倒れていました。 家へ連れて帰って看病してあげよう。 やさしいダース爺さんとネロは、自分たちのミルクとパンを分けてあげて、やわらかい枯草の上に寝かせてあげました。 その犬の名前はパトラッシュと言いました。 パトラッシュの前の飼い主は、いじわるな金物屋でした。 とても重い荷車をパトラッシュにひかせて、金物を売り歩くのです。 鞭で打ち、足で蹴りました。 そしてパトラッシュが動けなくなると、そのまま道端に捨ててしまったのです。 やがて二人の看病のおかげで、パトラッシュはすっかり元気になりました。 そしてお礼のしるしにせっせとおじいさんの仕事を手伝い始めたのです。 楽しい日々はあっという間に過ぎて、やがてダースじいさんは病気になってしまいました。 おじいさん、心配しないで。 パトラッシュが一緒だから大丈夫だよ。 その日からミルク運びはネロとパトラッシュの仕事になりました。 時々ネロは教会の中へ入っていきます。 そしてため息をつきながら教会から出てくるのです。 そんな日はパトラッシュと遊ぶどころか口もききません。 この教会には美しい絵が何枚も飾ってあります。 ネロが一番見たいのはルーベンスという有名な画家の絵です。 ところが、 ルーベンスの絵はカーテンで隠してあり、お金を払わないと見せてもらえないのです。 あの絵が見られたら…。 ネロにはアロアという友達がいました。 僕はね、ルーベンスのような絵描きになりたいんだ。 アロアは村一番のお金持ちで、粉屋のコゼツ旦那の一人娘でした。 アロア、ネロに近づくんじゃない。 アロアのお父さんは貧しいネロと遊ぶのを嫌いました。 悔しい。 立派な絵描きになれば、こんなにばかにされずに済むのに。 アロアの誕生パーティーには村中の子供たちが呼ばれたのに、ネロだけは呼ばれません。 寂しくてたまらないネロの心を知っているのはパトラッシュだけです。 そんな時、教会の掲示板を見たネロは目を輝かせました。 クリスマスイブの日にアントワープで若い人たちの絵のコンクールが開かれることになったのです。 入選すると賞金がもらえるのです。 ネロはミルク運びの仕事を終えると、夜遅くまで絵を描きました。 やがて季節は夏から冬へと移り変わり、雪が降り始める頃、 火事だ、こぜつ旦那の納屋が燃えてるぞ! 危険だ。 幸い、火事は村の人々のおかげで消し止められました。 どうしてこんなことに。 きっと誰かが火をつけたに違いない。 そうだ、ネロの仕業だ。 自分だけ相手にされないと思って、わしの納屋に火をつけたんだ。 もちろん、ネロはそんなことはしていません。 なのにこぜつ旦那は、火事はネロの仕業だと言いふらしました。 その噂は、 すぐに村中に広まってしまいました。 村の人たちはだんだんネロに冷たくなり、仕事を頼む人も少なくなりました。 大丈夫だよ、パトラッシュ。 村の人たちもきっとわかってくれるよ。 僕が立派な絵描きになれば、きっとみんなもわかってくれる。 ネロは一生懸命に絵を描きました。 クリスマスイブが近づいた頃、ネロは出来上がった絵を教会へ持っていきました。 いい絵が描けたよ、パトラッシュ。 クリスマスイブが楽しみだね。 ただいま、おじいさん。 今、ミルクを温めるからね。 すごくいい絵が出来上がったんだ。 僕、自信があるんだよ。 今年のイブは3人でうんとお祝いしようよ。 少しくらいなら、贅沢してもいいよね。 おじいさん? まだ寝てるの? おじいさん。 おじいさん! 仕事が終わると必ず家の前で帰りを待っていてくれたあの優しいおじいさんはもういません。 おじいさん、僕たちはこれからどうしたらいいんだろう? もし僕の絵が入選しなかったら、もう大家さんに払うお金もないし、食べ物を買うお金もなくなってしまう。 いよいよクリスマスイブがやってきました。 その日は朝から雪が降っていましたが、ネロは胸をドキドキさせながら教会へと行きました。 ごめんね、パトラッシュ。 僕の力が足りなかったんだ。 ネロとパトラッシュはとぼとぼと歩きました。 どうしたの? パトラッシュ、何か見つけたの? これはアロアのお父さんの財布だ! アロアの家ではお父さんが大金を落としてしまって大騒ぎです。 こんな大金、きっと困ってるに違いないよ。 届けてあげなくっちゃ。 ああ、ネロだったの。 今うちは大変なの。 あなたには何もやってあげられないわ。 いえ、違うんです。 実はパトラッシュが道で財布を見つけたんです。 え? お願いです。 パトラッシュはとてもお腹を空かせています。 どうか面倒を見てやってください。 お願いします。 そう言い残して、ネロは吹雪の中へ駆け出していきました。 だめだ。 見つからない。 きっと誰かが拾っていったんだ。 もう我が家は破滅だ。 お父さん、ネロがね、ネロがお財布を届けてくれたんだよ。 助かったんだよ、私たち。 ネロが、ネロがわしを救ってくれたというのか。 そうよ、お父さん。 ネロが私たちを助けてくれたんだよ。 夢も希望もなくしたネロは、 せめて最後にルーベンスの絵を見たいと思ったのです。 凍りつくような寒さの中、いつしか二人は眠るように。 クリスマスイブのことでした。 ネロとパトラッシュの魂は一つになって、天へと高く高く登っていったのです。 登録してね! 登録してね!