X(旧Twitter)で、千葉県北西部の道路事情に対する不満が拡散している。 船橋市、市川市、松戸市、八千代市などを含むエリアについて、「車で近付いてはならない」といった趣旨の投稿が大きな反響を呼び、熊谷俊人千葉県知事が公式アカウントで直接反応する事態となった。 とある投稿がきっかけに きっかけとなったのは、あるXの投稿だ。 投稿者の@akirae233氏は、地図上で同地域を濃い赤で塗りつぶした画像を添え、「この濃い赤で塗った地域は用がないなら決して車で近付いてはならないって話をしますか?」と投稿した。 この投稿は拡散され、記事執筆時点で2万5000件超のいいね、4000件超のリポスト、3500万件超の表示回数を記録した。 これをきっかけに、同地域の道路事情に関する苦情が相次いだ。 「1車線しかない所が多く、交差点で右折車がいると全然進まない」「船橋市内に入ったら1時間以上出られない」「国道14号や県道船取線(船橋取手線)など、右折レーンすらない交差点だらけで大渋滞」「裏道の住宅街まで渋滞が連鎖する」などなど。 筆者も、市川市の本八幡駅から船橋市のアンデルセン公園まで車で向かったことがあるが、15km程度の距離にもかかわらず、到着まで2時間ほどかかった。 また別の日には、北千葉道路の終点である鎌ケ谷市から船橋ICまで一般道で抜けようとしたところ、こちらも2時間近く要した。 埼玉県や神奈川県もよくドライブするが、千葉県北西部の内陸側については「次元の異なる混み具合」と日々感じていた。 いずれも、右折レーンのない片側1車線道路が多く、道路が延々と渋滞している点が特徴だ。 あるXユーザーは「点ではなく面で渋滞している」と表現している。 同地域では、片側2車線以上の幹線道路が限られているうえ、高速道路網の空白地帯にもなっている。 京葉道路と常磐自動車道の間には、高速道路が通っていない広いエリアが残されており、一般道に交通が集中しやすい構造となっている。 その空白を埋める道路として期待されているのが北千葉道路だ。 市川市から鎌ケ谷市までの区間では、全区間の事業化に向けた動きが進んでいるものの、現時点で完成時期は示されていない。 さらに首都圏では、東京外環道と圏央道の中間に新たな環状道路「核都市広域幹線道路」を整備する構想もある。 神奈川県側では「首都高速神奈川7号横浜北西線」として、埼玉県側では「首都高速埼玉新都心線」として一部区間がすでに開通している。 一方、千葉県側にあたる「千葉北西連絡道路」は、いまだ構想段階にとどまっている。 こうした状況を見ても、千葉県北西部の道路整備は、埼玉県や神奈川県と比べても周回遅れ気味という印象だ。 慢性的な渋滞は、単なる交通量の多さだけでなく、長年にわたる道路ネットワーク整備の遅れが積み重なった結果ともいえそうだ。 熊谷知事が歴史的経緯「成田闘争」にも言及 こうした投稿の拡散を受け、熊谷俊人千葉県知事は、公式アカウント(@kumagai_chiba)で長文で反応した。 熊谷知事は「千葉県の道路についてX上で話題となっているようですが」と切り出し、県北西部の道路整備に関する県政の方針を説明。 「県北西部の道路整備を強力に進める方針」であることや、先の知事選でも公約に明記し、新規事業化を進めていることを強調した。 投稿では、密集した市街地で道路整備を進める難しさや、県単独で解決することの限界にも触れたうえで、「このエリアの最優先課題の一つであることは今の県政は十分に認識しています」と述べた。 さらに、千葉県特有の事情として、次の点を挙げた。 第一に、千葉県は東京・神奈川・埼玉の1都2県と比べ、人口に対して面積が広く、道路整備が必要な総延長が長いこと。 第二に、東京に近いエリアに政令指定都市がなく、主要道路の整備を県が担わざるを得なかったこと。 第3に歴史的経緯として、成田空港闘争の影響で収用委員会が長らく機能不全に陥り、土地収用を活用しにくかったことだ。 ネット上では、「知事がここまで具体的に答えるのは珍しい」「SNS時代ならではの対応」といった声が上がった。 特に、熊谷知事が成田空港闘争に言及した点にも注目が集まっている。 あるユーザーは「成田空港闘争の関係で収用委員会が長らく機能不全に陥り、土地収用を活用できなかった、と知事が振り返るのすごいな」と反応した。 実は初めてではない? 千葉県で「SNSの声」が道路行政に届いた事例 今回の一連の投稿は、X上の話題が熊谷知事の目に留まり、直接の反応を引き出す形となった。 ただ、千葉県ではSNS上の投稿が道路行政を動かすきっかけとなった事例は、今回が初めてではない。 2023年には、「ここに橋が欲しい人、割といる説」として、富津市と神奈川県横須賀市を結ぶ東京湾口道路、いわゆる浦賀水道横断道路のルート図を添えた投稿がX上で大きな反響を呼んだ。 この投稿をきっかけに、長らく事実上凍結状態だった同道路の建設促進協議会が9年ぶりに総会を開くなど、計画の機運が再燃。 具体化に向けた動きが活発化した経緯がある。