民話朗読。 おばあちゃんの日本昔話。 カジカ屏風。 昔々、古くから栄えたお金持ちの家がありました。 この家は代々多くの畑や山を持っています。 ところが、今の主人の菊三郎は生まれつきの怠け者で、全く働かずに遊んでばかりです。 そのうちに家のお金も少なくなり、たくさんあった畑をどんどん売り尽くして、最後に残ったのは山だけです。 そしてその山も売る日がやってきて、菊三郎は下調べに自分の山に入っていきました。 谷川をどこまでも登っていって、きれいな流れになる辺り一帯が菊三郎の山です。 山には谷を挟んで天にも届くような立派な杉の木が何千本と茂っています。 足元の谷川の水は冷たく透き通っていて、なんとも美しい山でした。 それにこの谷川にはカジカ、カエルの一種がたくさん住んでいて、とてもいい声で鳴きます。 それで人々はこの辺りを梶川と呼んでいました。 菊三郎は持ち山のどの辺りを売ろうかと考えながら歩き回っているうちに、すっかりくたびれてしまいました。 「どれ。 ちっと一眠りしようか?」 菊三郎は梶川にある大きな一枚岩の上に寝転びました。 耳を澄ますと、カジカの美しい鳴き声が谷の底から湧き上がるように聞こえてきます。 「おや? 気のせいか。 今日のカジカは悲しげに鳴いとるのう」そんなことを考えているうちに、菊三郎はうとうとと眠ってしまいました。 「旦那様、旦那様」どこからか菊三郎を呼ぶ声が聞こえてきます。 「旦那様?」 「菊三郎様 」 「ん? 誰だ? 名前を呼ぶのは」菊三郎が起き上がると、すぐ目の前に奇妙な顔をしたおじいさんが座っていました。 おじいさんはカエルみたいな顔で、着物の裾からは雫がポタポタと垂れています。 おじいさんは菊三郎に頭を下げて言いました。 「菊三郎様、お願いがあります。 どうかこの梶川だけは売らんでくださりませ。 お頼み申します 」 「お前さんは?」 「はい。 申し遅れました。 私はこの辺り一帯に住むカジカの頭領でございます。 旦那様がこの梶川をお売りになると聞いたので、慌ててやって来ました。 何卒この梶川をお売りにならんようお頼み申し上げます」頭領はにじり寄って、菊三郎の手を取って頭を下げました。 その手は沢の水のようにひんやりとしていました。 そこで菊三郎はハッと目が覚めました。 「今のは夢だったのか?」 でも、カジカの頭領の手が触れた菊三郎の手は水でびっしょりと濡れています。 あまりの不思議さに、菊三郎はそのまま家に帰りました。 家に帰った菊三郎は、なんとかして梶川は売らずに済むように考えました。 それで、家にあった古い掛け軸や道具をかき集めて売りに出し、どうにか梶川を売らずに済ませました。 そのために家に残っているものは、何の値打ちもないような絵の描いていない白い屏風だけです。 その晩のこと、菊三郎は夢の中でたくさんのカジカの声を聞きました。 この前に山で聞いた時とは違って、カジカの声はとても楽しそうでした。 目が覚めるともう辺りは明るくなっています。 菊三郎が布団の中で伸びをすると、「ありゃ」と伸ばした手に冷たいものが触りました。 見てみると、枕元がびっしょりと濡れています。 そればかりか、水に濡れた小さな足跡が縁側の方から続いているではありませんか。 菊三郎はその足跡の先を見て驚きました。 「あっ!」 なんと目の前の屏風には、いつの間にか墨の色も鮮やかにたくさんのカジカが描かれているではありませんか。 「これは見事だ」その屏風のカジカはどんな名人が描いたのか、本物そっくりで今にも鳴き出しそうです。 さて、菊三郎のカジカ屏風はあっという間に評判になって、遠い町からも見物が来るようになりました。 中には千両箱をいくつも重ねて是非とも譲ってくださいという人も現れました。 でも、菊三郎はこの屏風を手放す気にはなりませんでした。 そして、怠け者だった菊三郎が、まるで人が変わったように働き出したのです。 おかげで田畑も増えて、菊三郎の家は以前に負けないほど立派になりました。 そればかりか、貧しい人には金や米を分けてやり、困っている人を見ると自分のことのように力を貸してやるのです。 こうして菊三郎は幸せに暮らして、もう八十歳を超える老人になりました。 さすがの菊三郎も歳には勝てず、この頃は寝たきりの毎日です。 そんなある日、この国の殿様の使いの家老が大勢の家来を従えてやって来ました。 菊三郎の枕元に千両箱をいくつも積み重ねて、あのカジカ屏風を売れというのです。 菊三郎はきっぱりと断りました。 「あれは大事な屏風です。 殿様であろうと手放すわけにはいきません」すると、それを聞いた家老は腹を立てて、「えい、この無礼者め。 殿の思し召しをなんと心得るか。 それ」と寝ている菊三郎を踏み越えて、家来たちと一緒に屏風を奪ってしまったのです。 寝たきりの菊三郎にはどうすることもできません。 と、その時、ざわざわざわざわ。 家老や家来たちの足元を何百というカジカが這っていくではありませんか。 なんとそれは家老の抱えているカジカ屏風から這い出してくるのでした。 そして見る間にカジカ屏風はただの白い屏風に変わってしまいました。 「そうじゃ。 それで良いのじゃ。 みんなカジカ沢へ帰るが良い」菊三郎はそうつぶやきながらニッコリ笑って死んでしまいました。 おしまい。