YUYUの日本語Podcast。 それじゃあいきますよ。 レッツラゴー! はい、皆さんこんにちは。 YUYUの日本語Podcastのお時間です。 皆さん元気にしていますでしょうか。 今日は2026年の5月13日水曜日にこのポッドキャストを録っています。 ということで、メキシコグアダラハラに帰ってきてから、今週一回目のポッドキャストになります。 ということでやっていきたいと思います。 実はですね、先週の日曜日にもグアダラハラに帰ってきていて、早速ね、ポッドキャストを録っていこうかなと思ってたんだけども、ちょっと僕、ポッドキャストスランプかもしれない。 なんかいろんなアイデアをね、ノートに書いてたんだけど、たまにあるんですよ。 なんかこのエピソード絶対みんな面白いと思ってもらえないんじゃないかなとか、え、こんなこと話してもいいのかな? とか、みんな興味あるかこれ? みたいな。 なんかその自分の話すテーマが面白くないんじゃないかって考えすぎて、ポッドキャストが録れなくなるスランプ、スランプ、スランプがどれくらいかな。 なんか二、三ヶ月に一回ぐらいね、あるんですよ。 で、それがね、もうなんかコスタリカから帰ってきてからすぐドーンって来まして。 ああ、やばいな。 なんか日本文化について話した方がいいのかなとか、いやなんか自分の考えについて話してもな、なんか深くなりすぎたらみんなよくわかんないと思うんだろうなって。 なんかね、気になる時と気にならない時があるんですよね。 これは不思議なもので。 で、ちょっと二日、三日悩んでたんだけど、もういいやと思って。 とにかく目標は五百エピソード録ること、五百エピソードアップロードすること。 まあそん中でね、皆さんがこのポッドキャストを二、三回聞いてもまだ味がする、まだ面白いと思う、思えるっていう、そういったポッドキャストが、その五百エピソードを録る間に二、三個見つかればいいんじゃないかなと思いまして、今回は自分の考えについてお話ししていきたいと思います。 テーマは自然不自然っていうテーマでやっていきたいと思います。 かなり哲学、哲学とはまた違うんだけど、自分の考えたことっていうのを話していきたいなって思います。 うん。 っていうのもね、その今回コスタリカ旅行に行ってきて。 で、もちろんですけども、自然にたくさん触れ合ってきました。 はい。 まあジャングルに行ったり海に行ったりっていうのでね、そこら辺のエピソードは前回にお話ししていると思うんですが。 なんでしょうね、そのコスタリカにいてすごく気分が良かったんですよ。 で、なんでかなって考えた時に、その自然体でいられたっていう感覚がすごくあったんですね。 で、またこの自然体っていうのは、まあ体っていうのはスタイルっていう意味なので、自然なスタイルでっていう、そんな自分らしい自然なスタイルでいられたんじゃないかなっていう風に思いまして。 で、今回のポッドキャストを録ろうと思ったんですけども、とにもかくにもね、その今回コスタリカに行って、で、その僕たちにその宿を提供してくれたというか、お家をね、お家に泊まらせてくれた学生さんのご夫婦、家族のお家でね、あの、そのお家は二階、ちょっと待ってね、その森の中にある小さなコテージみたいなお家で、そこの自然に囲まれた生活をしていく中でね、なんか自分の中でいい感覚が見つかりまして。 で、それがなんか頭の炎症が治まった感覚がするんですよ。 そう、頭の炎症が治まった。 そうね。 炎症っていうのは、あの炎っていうのに、病気の症状の症って書いて炎症。 スペイン語だとinflamaciónっていうので、インフラ、インフリューメーションとかっていうの? 英語だと知らんけど。 そう。 まあそのね、膝が痛くなってしまったりとかさ、喉が痛くなってしまう時、赤くなって熱くなってね、あの、しまうことを炎症って言いますよね。 で、なんかずっと僕はその日本から帰ってきて、日本にいた時もそうなんだけど、常にやっぱ考え続けて考え続けて、ポッドキャストを録ったり、日本語のレッスンをやったり、これからのことを心配したりって、なんかそういった常にこう考える、悩む、考える、悩む、考える、悩むっていうのを続けていて、もうなんか頭の中がね、もう炎症でいっぱいみたいな感覚があったんですよ。 頭の中が熱くて、こうちょっと痛くてっていうような。 なんですが、その二、三日、森の中のコテージで、その学生のご夫婦と家族とね、子供と遊んだりとかして、ご夫婦と夜ね、蛍を見ながらのんびりとビールを飲んで、つまらない冗談を言い合って笑い合ってみたいな、なんかそんな生活をしていく中でふと気づいたことがあって。 ほとんどスマホ見てなかったんですよね。 そう、もう僕のスマホはカメラになってた。 あの時は。 うーん、その思い出をね、ちゃんと残そうっていうので、写真を撮ったりビデオを撮ったりするものになっていて。 ね、あのインスタリールとかさ、YouTubeショートとかさ、ああいうもの全然見てなかったんですよね。 っていうので、そこが一番その自分的にね、気持ちが楽になれたところなのかなと思いまして。 自然って大切、自然ってすげえなって思ったんですよ。 うん。 あの、僕ね、ちょっとテーマが変わるんだけど、今年からやっているアクティビティがありまして、まあこのポッドキャストではもう二万回ぐらい言っている話なんですが、日記を書いているんですよ。 そう、あの、一月一日から、その、ずっと日記を書き続けていて。 で、コスタリカの間もね、もちろんですけども、時間をしっかり取って、自分の考えとか感じたこと、見たもの、聞いたことっていうのを日記に書いてたんだけど、なんか将来は自然に囲まれた生活がしたいなって日記に書いてあるんですよね。 書いてあるっていうか、自分で書いたんだけど、それくらいね、自然の中で生活するっていうのは、自分のこう、頭にとって、まあこういったアイディアをこう考え続けたり、そのSNSの中で生きていく自分にとっては非常に大切なのかなと思いまして。 自然、自然、自然みたいなことを考えていた時に、あ、そうだと。 せっかくなので、その会話レッスン、ね、僕がやっているオンラインインターナショナル会話レッスンのテーマを自然にしようと思ったんですね。 うん。 っていうことで、自然っていうテーマで会話をしたので、その会話レッスンの、その会話レッスンに参加してくれた、あの学生の皆さんの復習のためにも、そして、あの、僕のポッドキャストをいつも聞いてね、くれている皆さんのためにも、この自然っていう話をすることで、あの、皆さんにとってね、自然っていうものは何なんだろうっていうのを一緒に考えていけたらいいんじゃないか。 なんかそういう風に考えてたらさ、なんか面白くなくね、これって思って、なんか録れてなかったんですけど、もうやるしかねえと思って、今回録っていきたいと思います。 はい。 ということで、今回も最後まで聞いていってください。 それではよろしくお願いします。 YUYUの。 YUYUの。 YUYUの。 YUYUの日本語ポッドキャスト。 はい、ということで、早速メインテーマやっていきたいと思いますけども、自然って何だろうっていう話ですね。 あの、日本語の自然っていう言葉には二つ意味がありますね。 一つ目はnature。 例えば木とか森とか川とか海とかっていうのも自然ですよね。 それとナチュラル。 うん、変じゃないっていう意味の自然もあります。 英語だとスペイン語でも韓国語とか中国語はどうなんだろう。 わからないけども、ね、言葉が分かれている国、言語が多い中、日本語ではあえてこの自然っていうのは二つ意味があるっていうのがなんか面白いなって思ったので、今回のね、会話レッスンのテーマにもしたんですけども、一つ目の自然、natureの方を話していきたいと思います。 コスタリカポッドキャストでもいろいろ録ったんだけど、ちょっとね、その自然についてもうちょっと僕が感じたことがあったんですよ。 ぜひ皆さんにシェアしたいっていうことで、そのコスタリカのジャングルとか海とかビーチに行った中でね、自然ってでかくて偉大で怖いなって思ったんですよ。 これ結構ね、いろんな会話レッスンで同じグループになった人に話していたんだけど、あの、例えばですけど、海で泳ぐって怖くないですか? うん。 なんかどれぐらいの深さかわからないし、その海で泳ぐって入っちゃいけないところに入ってしまったような、本当にちょこっと入るけど、沖に行けば行くほどだんだん怖くなって、自分のテリトリーじゃない感じがして怖くなる。 うん。 なんかあの感覚を今回コスタリカの自然に感じたんですよね。 うん。 なんかジャングルの中をこう歩いていると、いやもうこれ夜になったら僕死亡だわって。 うん。 遠くからね、ピヨピヨピヨピヨって鳥の声とか聞こえるんだけど。 何だろう、よく聞いてみると結構怖い。 なんか、アー、アーみたいな声とか、みたいななんか変な声とか聞こえるんですよ。 怖い怖い怖いとか思ってね。 そう、なんかそんなジャングルの中ってでかいし、偉大。 なんかもうほんと、何て言うのかな。 そう、パッと思ったのが、神様や! って思ったんですよ。 そう、偉大っていうのは素晴らしくて大きいっていう意味なんだけどね。 それプラス怖いっていう、ちょっとかなり深い話になってくるんだけども。 日本の神道とか、あの、マヤ文明のね、神様とかっていうのは、基本的に自然をね、あのモチーフにした神様ってすごく多いんですよ。 で、昔の人がその森とか山とか海とか、あの、そういったものに神様を感じた気持ちっていうのがめちゃくちゃわかる。 基本的に神様ってさ、その人にはコントロールできない力を持っているから神様なんだよね。 人間よりも一つ、一つじゃないね、人間よりも上の存在。 うん、だから怖いみたいなもの。 ほんと自然が神様だなって思ったっていう昔の人の感覚って素晴らしいなと思っていて。 そう、そういったものがあるかなって思ってね。 その時にふと思い出したんですよ。 あの、僕のお父さんはサーファー、まあサーフィンをやる人なんですけども、あの、子供の頃から僕サーフィンをね。 やらされてたんですよ。 別にやりたいわけじゃなかったんだけど。 そう、もうほんと二歳とか三歳の頃から海に入れられて。 で、どうにかしてこう僕をね、あの立派なサーファーに育てたかったらしいんですけど、残念ながら僕はサーフィンのセンスが全くなく、あの、お父さんの夢を叶えられなかったわけなんですけども、まあその中でね、そのいろんなこうサーフィンについて教えてもらう時に、そのほとんどのことは忘れてしまったんだけど、一つね、すっごいはっきりと覚えていることがあって。 それが、「海は怖いぐらいがちょうどいいんだぞ」ってお父さんにね、教わったことがあるんですよ。 そう、いつも僕は海が怖くて、そのサーフィンするのが嫌だったんだけどね。 そう。 で、怖い怖い怖いって言ったら、うん、怖いくらいがちょうどいいとっていう、まあこの話をちょっと以前したかどうかはわからないんだけど、子供の頃に、その茨城県の海で、そのお父さんのサーフィン仲間とお父さんと僕とでサーフィンをやっていて。 で、そのサーフィン休憩の間にバーベキューを浜辺でしてたんだけど、そのバーベキューをしている時に、その海で溺れている人がいて。 で、その溺れている人を、のを助けたんだよね。 で、僕自身が直接助けたわけじゃなくて、そのサーフィンボードを、まあサーフボードを持っている僕も含め、たくさんの人がその溺れている人の近くに寄って。 で、その中でロングボードっていうね、長いサーフィンボードを持っている人が、そのロングボードを溺れている人に貸して。 で、岸までね、連れていくっていうことを、子供小学校あれ多分三年生とか、多分それくらいの時だったと思うんだけど。 で、その時に溺れている人の顔を見てしまって。 あの、人がパニックになっている時の顔ってめちゃくちゃ怖いんですよ。 そう、なんかそれを見て海がすごい怖くなっちゃったんだけど、その時に「怖くなるぐらいがちょうどいいんだぞ」と。 なんか海をなめてると、ああいうおじさんみたいに、まあ結局おじさんだったんだけど、あの溺れてしまって命を落としてしまう。 本来人間が入る場所じゃない、そういったところに、そういったところで遊ばせてもらってるだけだから、本当に気をつけなきゃいけないよっていうのをね、聞いて。 ああ、本当に自然ってちょっと本気出せば、まあちょっとというか、ちょっと力を出せば、人間の命なんてプルって、ポキッとかヒュッって取れちゃうぐらいの力があるんだなっていう、まあそんな自然をすごく感じることができました。 うーん、どうだろう。 なんかさ、まあグアダラハラとかメキシコ、グアダラハラとかメキシコじゃないね、あのメキシコのグアダラハラに住んでるとね、ね、まあ危ないと言われているメキシコであっても、やっぱりこう安心して家の中で生活をしていると、なんか自分が生き物かどうかっていうのがなんかわからなくなる瞬間があるんですよね。 うーん、わかるかなこの感覚。 なんか毎日パソコンに向かって、ね、パソコンでお仕事をしていて、暇な時間はスマートフォンを見ていると、果たして僕は人間、生き物なんだろうかっていうね。 でもそんな中、自然の中で、あ、やべえ、これ危ないかもって思うことってすげえ大事だなって思いました。 だからあの、ハイキングが好きな人とか、あの山登りね、あのエクストリームスポーツが好きな人の気持ちって、なんかそういうところにもあるのかなって思った、自然を感じたコスタリカだったんですけども。 まあそんなね、その自然ってすげえなあなんて思いながら、その金曜日、先週の金曜日、土曜日に、その、ね、えーと、泊まっていたその学生さんのね、コテージのお家の二階のテラスで、ぼーっと目の前に広がる森を見ながら、なんかそんなことを考えていたんですよ。 で、で、暮らす前にね、こうぼーっとこう、その森を見ていて、その森に青、その森の奥に青い空が広がっていて、そのさらに奥にはこう、サンホセっていう首都の、首都、首都だよね。 街が広がっていて、その街の奥に緑の山がぶわっと広がっていてっていうような景色を見ながら、いやーなんか久しぶりに休めてるなあって思ったんですよ。 なんかこれちょっと僕話したかどうか覚えてないんですが、休みに休めないっていう、っていう悩みがあって。 あの、フリーランスって休みイコール休みじゃないんですよね。 例えばあの会社に勤めていたら、休みイコール働かなくてもお金がもらえるラッキーな日になるわけなんですけど、フリーランスだと休みイコール自分の仕事が前に進まなくてお金がマイナスになる日っていう、うん、なんかみんなに忘れ去られてしまうポイントが一個増えてしまう残念な日みたいに感じてしまって。 なんか罪悪感、悪いことをしているような感覚があったんですよ。 だから僕自身、あんまりバケーションっていうのが好きじゃなかったんだけど、なんだろうな、久しぶりに休めてるなあって思ったんだよね。 本当にこの感覚は久しぶりで。 で、なんでかなって思ったんだけど、精神的にも物理的にも人と関わってなかった瞬間が本当に十分、二十分あったんだよね。 そう、ぼーっと、あそこの緑の木、何の木なんだろうとか。 うん。 あ。 今鳥の声聞こえた。 これはフクロウか? みたいな。 なんかそんなことを考えている時に、実際に人と話さなくてもいいし、なんか人のために何かをするアイデアを考えてなくてもよくて、本当に自然と私っていう。 そう、なんかそもそも自分としての感覚もなかったんだよね。 うん。 なんだろう、悠介ってどんな性格とかっていうのを全く無しに見ているものとか聞こえる音っていうのを感じていた瞬間があって。 あ、こういうのって猫ちゃんとかが感じる感覚なんだろうなっていうのを一瞬ふとね、あの、考えたんですよ。 だって猫って私ってどんな猫なんだろう、私の性格って何なんだろう、私は何がしたいんだろうとか、ね、私の将来の目標は何なんだろうなんて考えてないじゃないですか、絶対。 ね、あー眠い、寝ようとか。 うん。 あ、悠介が帰ってきたぞ。 あ、この声は悠介かな? みたいな。 なんかそんなことを考えていると思うんですけど、そんな猫の感覚にね、近づいたような気がして。 うん、それがすごい休みになったかなと思うんだけど。 その時に一瞬だけだったんだよね、それって。 で、その後、そっか、今自分楽だな、楽ちんだな、リラックスできてるな。 あ、これを自然体というのか。 じゃあ悠介は人前でどんな悠介なんだろう。 誰かの前にいる時の自分は自然体、ナチュラスタイルではないのだろうか? みたいな。 すぐ考えちゃうんですよ。 いやーね、そう。 でもその時の考えたプロセスについても皆さんに紹介したいなと思っていて。 あのもう皆さん、あの皆さん知ってると思うんですが、もう僕は小心者です。 結構ね、いろんなことが心配で、いろんなことにドキドキする。 まあそうは見えないけど、心の中ではそういう自分がいるんですよ。 で、クラスでもそう。 で、ポッドキャスト撮る時もそう。 で、実際誰かとお話する時もそうなんだけど、まあ間違ってないだろうかっていうのを結構気にする。 まあ人間なら誰しも気にするとは思うんだけど。 だからこう話してて、悠介嘘っぽいなって感じる時もあるかなと思うんですよ。 そう、よくニティアさんに言われて、まあ確かにそうだなって思う部分があって。 悠介は何がしたいかよりも、今このシチュエーションで何をするべきかっていうのを考えるのがいい。 人間っぽくないっていう。 心がないって言われてね。 まあ確かにそのところはある。 うん。 なんか会話レッスンで、今このタイミングでこの人が話してなくて、この人がちょっと貧乏ゆすりってね、こう足がこう足を早く動かしてる。 なんか体がすごく動き始めた。 あ、これ今ストレスが溜まってる。 なんでストレス溜まってるんだろう? そういえばこの人ちょっとさっきから二分ぐらい連続で話してて、多分自分が話したいことがあるのかな? ね、○○くんどう思う? みたいな。 なんかそういうところがある。 うん。 で、クラスだと二時間っていうのを割り切って、よしやろうって思うんだけど、リアルタイムで今回さ、そのコスタリカ旅行の中でいろんな人と関わってね。 なんならその、ね、コテージに泊まらせてくれた学生のご夫婦、家族とずっと四六時中いつもっていうのを漢字の四、漢字の六、時計で中って書いて四六時中って言うんだけど、この四六時中いつもあの人と誰かと一緒にいるってなった時に、やっぱ疲れて面倒くさくなっちゃうタイミングがあるんだよね。 みんなもない? え、あるよね。 ないのかな? なんかちょっとそういう風にこう、気を使うのが面倒くさくなっちゃう時があって。 で、ダメだなとか、すごい、それこそあの凌太くんとかはめちゃくちゃコミュニケーション上手だから、あの、いろんな人と、多分凌太くんもめちゃくちゃ気を使っていろんなことを考える優しさがある子なんだけど、その体力が半端ないのよね。 めちゃくちゃすごいのよ、凌太くん。 でもそういう中、あの、いっぱい走るとか運動する体力はあるんだけど、なんかそういった周りの人を見る体力っていうのが非常に低い僕は急に面倒くさくなっちゃうと。 そう。 でね、そんな時に自分らしさって何なんだろうなって考えた時にさ、僕あんまり自分らしさっていう言葉があんまり好きじゃない時期があって。 うん。 結構大事じゃん。 自分らしく生きるとか、自分らしさを大切にしようとか。 なんか自分らしさって自分勝手なんじゃねえかなって思う時がね、あったんですよ。 で、そのきっかけになったのがある、なんかFacebook、もうFacebookだよ。 めちゃくちゃ昔だよね。 あのFacebookで見たイメージでね、ある二人の女の子が写っているイメージで、一人の女の子はめちゃくちゃ泣いてるの。 で、その泣いてる女の子に対して周りのお友達が慰めている。 「大丈夫だよ」って。 で、その反対側にいる女の子はニコニコ笑顔でその子を慰めてる。 大丈夫。 なんだけど、彼女の背中にはめちゃくちゃナイフとかがブスブス刺さってるっていう。 その映像を見た時に、自分らしい子って、その今泣いてる子。 「ねー、私こんなに悲しいの。 あー助けてよ、つらーい」って泣いている子は自分らしいじゃん。 自分のやりたいことやってるじゃん。 でも「大丈夫だよ」って、本当はもっと悲しいことがあるけど、誰かを励ましている人って自分らしくないじゃん。 本当は私だって泣きたいよ。 私だってつらいよ。 でも今ここで私の方が大変だよっていうのは違うじゃん。 じゃあそれって自分らしくない嘘ってこと? みたいに思うと、自分らしさを大事とか言ってんのってめっちゃ自分勝手だな、エゴイストだなとかって思ってた時期がね、中二病な時期があったんだけど。 でもなんかそういうのって自分だけじゃないだろうなって思うようにもなったんだよね。 まあこれが大人になるってことなんだろうなと思うんだけど、絶対多かれ少なかれみんなそういうものを考えて人と関わってると思うんですよね。 だから会話レッスンで、多分僕がこうやって聞いてることに対して、学生が「 Yuさんはどう思います?」とかって聞いてくれる時は、多分その子も話したいことがあるだろうけど、Yuさんにも話してもらわなきゃ、Yuさんさっきからずっと何も言わないで「ふんふん」って聞いてるみたいな。 それちょっとかわいそうって言って、そういった優しさもあるんだろうなって思うとね、うーん、なんか他人に感謝しなきゃいけないなぁとか。 でもなんかそういうのめんどくせーなーとか、なんか人と関わんのめんどくせーなーとかって思いながら、なんかいろんなことを考えてね。 で、ふとこう我に返る。 なんだろう、ずっと頭の中フォーカスしていて、目は開いているんだけど、その景色は見えてない。 そう、自分の頭の中ばっかり。 で、せっかくいい景色があるのにね、それがちゃんと見られてないと、心から見られてなくて、ふと我に返って、あ、そうだそうだ、今こんなに素敵な景色を見ながらお仕事ができるんだと思って、そのデスクのね、前のまた森をこう眺めてみるとさ、このテラスから夕方の景色が見えるわけですよ。 ね、その空はね、柔らかいピンク色。 ね、その山の上の方は、低い空の部分はオレンジ色。 ね、空の上の方は紫色になっていて。 ね、雲が一つないすっきり晴れた夕方。 ね、鳥の声が聞こえてきて。 で、多分ね、鳥は夜に寝るだろうから、その森に鳥が帰ってきて、ね、鳥の音がよく聞こえて。 うん。 ね、風が、その日は風が強かったから、風がふわーっと吹くと、ね、木の葉がこすれる音。 ね、森の中に風が抜ける音が聞こえて。 いやーいいなって。 自然体だな。 うん。 で、自然って何なんだろうなぁ、自然体って何なんだろうなぁっていうのを考えた時に、自分らしさじゃねえんじゃねえかなって気づいて、パッと答えがね、頭の中に降りてきて。 そうか、自然体、ナチュラルスタイルっていうのは、落ち着いていることなんだって思ったんですよ。 そう、落ち着いてることって大事だよなって。 これ結構ね、このコスタリカ旅行の中の大きな収穫の一つ。 収穫っていうのは、あの、基本的には野菜とか果物を採ることを収穫するっていうんだけど、そう、あの、野菜とか食べ物じゃなくても、何か旅行の中で得たものがあった、その勉強できたことがあった、自分の新しいアイディアになったっていうのを収穫があったっていうんだけど、そう、落ち着いていることが自然体なんだって思えたことはめちゃくちゃでかい収穫だった。 で、で、思ったんですよ。 あの、自然な日本語ってあるじゃないですか。 皆さん、多分日本語を勉強している大きな目標の一つは、自然な日本語が話せるようになるっていう。 こっちの自然はnatureじゃなくてnaturalですよね。 うん。 まあその自然な日本語って考えた時に、やっぱり出てくるのは日本人らしい日本語とか。 ね、例えばやばいっていう表現を、なんかぴったり日本人が使うみたいに使えるとか、落ち込むじゃなくて凹むっていう、なんか教科書には載っていない日本人だけが使う表現が使えたりとか。 うん。 なんかそういった日本人らしさが出てくると自然な日本語だって僕も思ってた部分があるんだけど、そうでもねえのかなって思ったこともありまして。 これはまた後日談、別の日の話になるんですが、あの会話レッスンね、インターナショナル会話レッスンでお手伝いをしてくださっている。 女性の先生がいらっしゃるんですけども、彼女は関西圏の方なんですね。 で、もちろん関西アクセントを話す先生で、で、悩みがあって、そのクラスの時に自分の話している日本語はちゃんと綺麗な標準語なのだろうか、ちゃんとナチュラルなアクセントなのだろうかっていうのがすごく不安で、話す時に苦しいっていうお話をしてたんですね。 で、その話を聞いていた、えーと、中国の学生さん、この学生さんは実際日本語を教える仕事をされている方なんですけども、いや、その気持ちすごくわかります。 私も先生として日本語のレッスンをする時に、アクセントが間違ってないかっていうのをすごく心配して、いろいろ調べて頑張ってトレーニングしてるんですって話していてね。 でもそうだよね、じゃあ日本人だろうが、日本語の先生ができるほど日本語能力が高い人であろうが、やっぱり不自然さっていうのは出てきてしまうと。 で、それってなんでかなって感じた時に、形だけの自然にこだわるから不自然になるのかなって思ったんですよ。 形だけの自然にこだわる。 つまり見た目的な、見た目じゃなくて、何、き-聞こえため? そう、その音として、その日本人っぽいかどうかっていうのを気にするから、逆にこう不安になっちゃって、話していることがたどたどしい。 たどたどしいっていうのは、なんか言葉が詰まっちゃって、あの、あ、わ-わ-私はあの、きょ-きょ、あの、今日こんな、あ、なんか、あ、あ、みたいになっちゃうことをたどたどしいって言うんだけど、まあ日本語がたどたどしくなる。 まあこっちの方がよっぽど不自然な日本語になるわけですよね。 で、そんな中ね、また別のお休みレッスンだったかな、会話レッスンの。 ごめんね、もう僕毎日その会話レッスンがほとんど僕の人生の、あの一部ってか、僕の人生ほとんど会話レッスンだから、会話レッスンのテーマばっかりになっちゃうんだけど、ある韓国の学生とお話していた時に、そのユユさんとお話するときはすごく自然に会話ができている感じがするってめちゃくちゃ嬉しいことを言ってくださってね。 で、逆にそのお仕事関係で日本人と話すときは、とても緊張してしまって、なんか自分の日本語が自然じゃない、日本語の会話の流れが自然じゃないっていう風に、あの、おっしゃってたね、学生がいて。 で、そうなんだよなと思って。 やっぱそこでやっぱ落ち着いていること、うん、が、すごく大事で、そうすると、なんだろう、お互いに自然体でいられる会話になると思うんですよ。 じゃあ、まあどうやったらね、落ち着いている、落ち着い、ん、お互いが落ち着ける会話ができるのかなって考えた時に、ここが今回のポッドキャストで一番大事なポイントなんだけど、わかってもらえる安心感、もうこれが落ち着けるか落ち着けないかの一番大事なポイントなんじゃないかなって思うんです。 このわかってもらえるっていうのは、自分のアイディアがわかってもらえるとか、自分が面白いことを言った時にそれが面白いってわかってもらえるとか、うん、自分が怖かった経験に対して、その怖かった気持ちをわかってもらえるとか、そう、言っているインフォメーションだけじゃなくて、気持ちやアイディアもわかってもらえるかっていうのを、それがちゃんとわかってもらえる人だったら安心して話せるんですよ。 で、安心して話せるイコール落ち着いて話せる。 で、落ち着いて話せるその日本語が一番自分らしい自然な日本語なんじゃないかなっていう答えにたどり着いてね。 パーンって、あの光が、ね、ブッダさんのように、自分の背中に光が、これ後光が差すっていうんで、あの、漢字の後に光って書いて後光、後光がファーンってさ、悠介よ、悠介は悟りを開いたみたいな。 ここ、あのね、あの神様の話やめようね。 あの、いろんな人がいるから。 はい。 えーと、なんかそんな感覚になりまして。 うん。 で、そのこれからね、皆さんがその日本人と話す時に、できるだけ自然な自然体でいられる自分らしい会話をやりたいって思う方、みんなだと思うんだけど。 でもそれって自分だけじゃダメなんだよね。 自分が自分が自分が自分が自分がになってしまうと、さっき言ったあの女の子の絵。 自分は自分らしく皆さん見てって言ってるけど、ニコニコしている目の前の日本人は背中ブスブスにナイフで刺されてるかもしれない。 そんな中、頑張って笑顔を作って会話をしてくれるかもしれない。 逆に自分がそうかもしれない。 で、ここが難しいところで、じゃあどうすればいいのかなって考えた時に、わかってあげることってめちゃくちゃ大事だと思う。 まず最初にわかってあげるからわかってもらえるっていう。 うん、ぜひね、このポッドキャストを聞いている人、皆さん。 皆さんなんか説教臭くなってきたな。 まあいいや。 えっと、会話レッスンを受ける人、受けている人ね、ITOKIとかPreplyでしたっけ? あの日本語の先生ね、見つけて会話レッスンをしている人いっぱいいると思うんだけど、皆さんはその先生のことをどれくらい知ってる? ね、その人が普段どんな生活をしていて、どんな悩みがあって、どんなことを面白いと思っていて、どんなものにハマっていてっていうの。 うん。 あのありがたいことに、僕の会話レッスンの学生は僕のポッドキャストを一生懸命聞いてくれて、僕のことを本当にわかってくれるから。 あの、なんていうの、会話レッスンでね、あの聞いてもらわなくても、僕は逆にみんなに、みんなのことを知りたいっていうので、お互い安心した落ち着いた会話ができると思うんだけど、じゃあその日本人のお友達であり、上司でありっていうので、まず最初にわかりたい、わかってあげたい、そしてわかってるよっていうのを見せてあげることが、相手の安心感を生む。 で、相手が安心してくれたら、相手は自分らしく会話ができるから、その後自分も自分らしく会話ができるっていう、これを持ちつ持たれつって言います。 持ちつっていうのは持つっていう意味。 持たれつっていうのは持たれるっていう意味。 だから自分が相手を持つ、まあつまり助けてあげる代わりに相手が自分に、え、相手が自分を助けてくれる、助けたり助けられたりっていうのを持ちつ持たれつって言うんだけど、そういった状況がうまくできれば絶対に会話は自然になる。 そのことって、例えばね、落ち込むっていうのをへこむっていうことよりもずっと大事なんじゃないかなっていう風に感じました。 それができて、そこからちょっとこうアクセントでお化粧をするように、日本人が使う表現をちょろちょろって入れる。 うん。 でもそれはあくまでもその見た目の部分だけなんじゃないかなって思いました。 うん。 っていうのをね、考えると、そのコスタリカで見た自然っていうのは、マジで自然の中って持ちつ持たれつなんだよね。 ね、木があります。 その木の葉っぱをね、育てる虫がいます。 育てるじゃない、食事にする虫がいる。 で、その虫がその葉っぱを食べて、ね、そのアリの巣、あ、違う、葉っぱをね、なんかね、たくさん切って巣の中に入れて、なんかお砂糖を作る虫がいる、アリがいるんだって。 それでね、確かに木は葉っぱ食べられちゃうんだけど、そのアリが作ったそのなんかお砂糖で、その森の土が元気になって、で、他の木が成長して、その木に鳥が来てみたいなのがもう全部みんなめちゃくちゃ持ちつ持たれつなんだよね。 だから自然体になるんだなって思った時に、ぜひね、こう皆さんのこう、お知り合いとか家族とかお友達がちゃんと持ちつ持たれつになってるかどうか。 ね、助けてもらう部分があって、助ける部分がある、うん。 っていうのにちゃんと気づけると、自分らしくいられる、自分らしい生活ができるんじゃないかな、人間関係が作れるんじゃないかなと思いました。 っていうお話でございます。 はい。 悠悠だ。 日本語ポッドキャスト。 さあ、ということで、まあその今回ね、コスタリカで感じたこと、その二階のテラス席でね、森を見ながら、綺麗な空を見ながら考えたこと。 で、その後帰ってきてから悶々とその悶々とか、えーと、なんだろう、頭の中で、うん、ちょっとこう悩んでいるような感じで、このコンクリートに囲まれた部屋で考えたアイディアの部分を紹介しましたけども。 うん。 あの最初のね、オープニングトークで、この自然っていうテーマで会話クラスをやったって言ってたと思うんですが、その後ね、お休みクラスの学生にこの自然の風景についてポッドキャストを作ってみませんかっていう宿題を出したんですけども、素晴らしい出来でね。 そう、一人はシアトルの夕方の海の景色、もう一人は軽井沢、日本のね、あの軽井沢の秋の風景っていうのを一つポッドキャストにしてあのアップロードしてくれたんですよ。 すごい。 もうほんと映画とかドラマ見てるような表現力。 半端ない。 すごいね、昨日もあのウイスキーを飲みながらね、あのそのポッドキャストを聞いてたんですけど、思わずニコニコしちゃいましたね。 すげえなって。 ねー、だからさ、その僕の会話レッスンの学生も本当に日本語すごいんですよ。 だからちょっとうかうかしてるとね、なんかこう、ぼーっとしてるとうかうかしてると、すぐ自分よりも日本語上手になっちゃう子たちがいっぱいいるから、これからもね、そのポッドキャスト頑張っていこう、いこうって思いました。 はい。 まあそんなね、あの、また先生バカな部分もあの紹介したところで、今回のポッドキャストは終わりにしたいと思います。 えー、最後にお知らせをさせてください。 悠の日本語ポッドキャストではPatreonをやっております。 こういったポッドキャストのスクリプトを文字で読んで、えー単語の勉強、シャドーイングの練習に使いたい方、ぜひぜひサポートのほどよろしくお願いします。 えーこういったポッドキャストの概要欄にPatreonのリンクが貼ってあります。 そちらの方をクリックしてPatreonのサイトを見てもらいますと、えー一ヶ月五ドルのサポートがあります。 こちらの方をサポートしていただくと、さっき言ったPDFがダウンロードできますので、ぜひぜひサポートのほどよろしくお願いします。 そして、えーYouTubeチャンネルもやっております。 えーYouTubeのチャンネルでは、えーこういった僕の考えとか人生よりも、あの日本語の勉強に役立つアドバイス的なポッドキャストをよくアップロードしています。 えー皆さんね、日本語の勉強なかなかうまくいかないな。 悠さん、ね、どうしてそうやってポッドキャスト録れるのかな? どういう風に日本語勉強すればいいんだろうっていうのをね、悩んでいる方はぜひぜひYouTubeのチャンネル登録のほどもよろしくお願いします。 ということで、皆さん引き続き日本語の勉強頑張ってください。 それじゃあまたね。 バイバイ。