明るい声を世の中に。 なかむらラジオへようこそ。 先生、この写真何ですか? あら、これは幼稚園の時の写真じゃない。 豆まきの時の写真だよ。 この子が先生ですか? 何を被っているんですか? これは自分で作った鬼のお面。 節分で鬼役になったの。 え? 鬼役って何をするんですか? 鬼はね、最初いたずらをしたり、誰かをいじめたり、好き勝手なことをするんだけど、村人が力を合わせて鬼に豆を当てて退治するという感動的な筋書きなのよ。 へー。 先生は鬼役に立候補したんですか? 違うよ。 節分はね、毎年二月三日だから。 あ、先生の誕生日じゃないですか。 そう、名誉のご指名でした。 懐かしいなぁ。 そうそう、この節分も中国から来た行事なんだよ。 そうなんですか。 中国には大昔、追儺という邪鬼祓いの行事があったそうよ。 お面をつけた女子が鬼を追い出す儀式で、それが形を変えて平安時代頃の日本に伝わったんだって。 日本には中国の古い慣習がよく残っていますね。 節分の夜に家で「福は内、鬼は外」って大きな声を出しながら外に向かって豆を投げつけたのは、子供の私にとって楽しい経験だったな。 私も豆まきやってみたいけど、鬼役はちょっと。 みんなに追い出されるのは悲しいです。 あれ、くんくん何かあった? 実はある大学生のリスナーから「クラスメイトと考え方がなんとなく合わないんだけど、どうすればいいですか?」って相談が来たんです。 ああ、その気持ちわかるな。 私もあの頃、なんか自分は周りと違うっていう意識があったの。 でも先生は友達がいなかったわけじゃないんですよね。 うん。 いつも一緒にご飯食べたり、海外旅行に行ったりする友達がいたけどね。 でも、自分のことを本当に分かってくれる人はそこにはいないって思ってた。 それは寂しかったでしょう。 寂しかったけど、当時は友達がいないことの方がもっと寂しくて悲しいことだと思っていたから、周りに合わせていたよ。 その人たちとはどうなったんですか? 大学を卒業した後も、しばらくは結婚式に参列したり、付き合いはあったんだけど、ある時、周りに無理して合わせている自分に疲れちゃったの。 どうしてこんな思いをしてまで付き合う必要があるんだろうって。 それで友達をゼロにしてみようと思って付き合いをやめたんだ。 へえ、ずいぶん思い切りましたね。 それで楽になりましたか? うん。 友達は絶対いなければいけないという呪縛から解き放たれたからね。 本来ならば、友達は人生を楽しくするための存在でしょう。 それが逆に疲れる原因になってしまうのなら、本末転倒じゃない。 確かにそうですね。 学生時代の友人関係って純粋でいいっていう人もいるけど、それは結果的にいい関係が作れたからそう言えるのであって、実際は同じクラスになったり、同じ寮になったりという偶然の産物に過ぎないのよ。 だから、周りと考え方が合わないというのは別に珍しいことじゃない。 相談者のように、周りと自分の間に違和感を感じる時はどうすればいいでしょうか。 まずは合わせる無理をしないことが大切。 違和感を素直に表すことができない相手なんて友達だとは言えない。 仮に今の自分の周りに理解者がいなかったとしても、広い世界のどこかには自分を受け入れてくれる場所は必ずあるから。 つまり、焦らずにその出会いを待つということですね。 そう。 大学生から社会人になる二十代は、自分自身の考え方がどんどん変わる時期だから、友人に対して期待することや求めるものも変わっていくと思うの。 やっぱり友達って似た者同士がいいんですよね。 そうね、方向は同じ方がいいね。 でも、昔私が探していた自分と全く同じような友達なんて人はいないんだって気づいたよ。 それに、同じだから仲良くなれる、違うから仲良くなれないということも一面的な考え方だね。 ほら、私とくんくんだって仲いいじゃない。 確かに私たちって性格が結構違いますね。 先生は火で私は水みたいですもんね。 そう。 もし若かったら違和感として感じてしまっていたかもね。 でも人生いろいろなことを経験して、補い合える関係って素晴らしいことだって気がついたから。 私と先生はいい友達ですね。 いい友達というよりいい仲間だと思う。 友達と仲間って何が違うんですか? 仲間は一つの目標に向かって支え合って進む関係だから。 大人になったら友達より仲間が多い方が人生が有意義になると思うよ。 今、私たちの周りには素敵な仲間がどんどん増えてきたね。 本当にそうですね。 仲間のおかげで私たちここまで歩いてこられたし、楽しいこともたくさんできましたね。 これからもみんなで頑張っていきましょう。