宮沢賢治作。 山梨。 小さな谷川の底を映した二枚の青い幻燈です。 一、五月。 二匹の蟹の子供らが、青白い水の底で話していました。 クラムボンは笑ったよ。 クラムボンはかぷかぷ笑ったよ。 クラムボンは跳ねて笑ったよ。 クラムボンはかぷかぷ笑ったよ。 上の方や横の方は青く暗く鋼のように見えます。 その滑らかな天井をつぶつぶ暗い泡が流れていきます。 クラムボンは笑っていたよ。 クラムボンはかぷかぷ笑ったよ。 それならなぜクラムボンは笑ったの? 知らない。 つぶつぶ泡が流れていきます。 蟹の子供らも、ぽ、ぽ、ぽと続けて五、六粒泡を吐きました。 それは揺れながら水銀のように光って、斜めに上の方へ登っていきました。 つーっと銀の色の腹を翻して、一匹の魚が頭の上を過ぎていきました。 クラムボンは死んだよ。 クラムボンは殺されたよ。 クラムボンは死んでしまったよ。 殺されたよ。 それならなぜ殺された? 兄さんの蟹は、その右側の四本の足の中の二本を弟の平べったい頭に乗せながら言いました。 わからない。 魚がまたつーっと戻って下流の方へ行きました。 クラムボンは笑ったよ。 笑った。 にわかにぱっと明るくなり、日光の金は夢のように水の中に降ってきました。 波から来る光の網が、底の白い岩の上で美しくゆらゆら伸びたり縮んだりしました。 網や小さなゴミからはまっすぐな影の棒が斜めに水の中に並んで立ちました。 魚が今度はそこら中の金の光をまるっきりくちゃくちゃにして、おまけに自分は鉄色に変に底光りして、また上の方へ登りました。 お魚はなぜああ行ったり来たりするの? 弟の蟹がまぶしそうに目を動かしながら尋ねました。 何か悪いことをしているんだよ。 取ってるんだよ。 取ってるの? うん。 そのお魚がまた上から戻ってきました。 今度はゆっくり落ち着いて、ヒレも尾も動かさず、ただ水にだけ流されながら、お口を輪のように丸くしてやってきました。 その影は黒く、静かに。 底の光の網の上を滑りました。 お魚は、その時です。 にわかに天井に白い泡が立って、青光のまるでギラギラする鉄砲玉のようなものがいきなり飛び込んできました。 兄さんの蟹ははっきりとその青いものの先がコンパスのように黒く尖っているのも見ました。 と思ううちに、魚の白い腹がギラッと光って一遍翻り上の方へ登ったようでしたが、それっきりもう青いものも魚の形も見えず、光の金の網はゆらゆら揺れ、泡はつぶつぶ流れました。 二匹はまるで声も出ず、居すくまってしまいました。 お父さんの蟹が出てきました。 どうしたい? ブルブル震えているじゃないか。 お父さん、今おかしなものが来たよ。 どんなもんだ。 青くてね。 光るんだよ。 端がこんなに黒く尖ってるの。 それが来たらお魚が上へ登っていったよ。 そいつの目が赤かったかい? わからない。 ふーん。 しかしそいつは鳥だよ。 カワセミというんだ。 大丈夫だ。 安心しろ。 俺たちは構わないんだから。 お父さん、お魚はどこへ行ったの? 魚かい? 魚は怖いところへ行った。 怖いよ。 お父さん。 いい、いい。 大丈夫だ。 心配するな。 そら、樺の花が流れてきた。 ごらん、綺麗だろう。 泡と一緒に白いカバの花びらが天井をたくさん滑ってきました。 怖いよお父さん。 弟のカニも言いました。 光の網はゆらゆら伸びたり縮んだり、花びらの影は静かに砂を滑りました。 二、十二月。 カニの子供らはもうよほど大きくなり、そこの景色も夏から秋の間にすっかり変わりました。 白い柔らかな丸石も転がってき、小さな霧の形の水晶の粒や金雲母のかけらも流れてきて止まりました。 その冷たい水の底まで、ラムネの瓶の月光がいっぱいに透き通り、天井では波が青白い火を燃やしたり消したりしているよう、辺りはシーンとして、ただいかにも遠くからというように、その波の音が響いてくるだけです。 カニの子供らは、あんまり月が明るく水がきれいなので、眠らないで外に出て、しばらく黙って泡を吐いて天井の方を見ていました。 やっぱり僕の泡は大きいね。 兄さん、わざと大きく吐いてるんだい。 僕だってわざとならもっと大きく吐けるよ。 吐いてごらん。 おや、たったそれきりだろう。 いいかい? 兄さんが吐くから見ておいで。 そら、ね、大きいだろう。 大きくないや、同じだい。 近くだから自分のが大きく見えるんだよ。 そんなら一緒に吐いてみよう。 いいかい? そら。 やっぱり僕の方が大きいよ。 本当かい? じゃあもう一つ吐くよ。 ダメだい。 そんなに伸び上がっては。 また父さんのカニが出てきました。 もう寝ろ寝ろ。 遅いぞ。 明日イサドへ連れて行かんぞ。 お父さん、僕たちの泡どっち大きいの? それは兄さんの方だろう。 そうじゃないよ。 僕の方大きいんだよ。 弟のカニは泣きそうになりました。 その時、トブン。 黒い丸い大きなものが天井から落ちて、ずーっと沈んで、また上の方へ登っていきました。 キラキラと金のぶちが光りました。 かわせみだ。 子供らのカニは首をすくめて言いました。 お父さんのカニは、遠眼鏡のような両方の目をあらん限り伸ばして、よくよく見てから言いました。 そうじゃない。 あれは山梨だ。 流れていくぞ。 ついていってみよう。 ああ、いい匂いだな。 なるほど。 そこらの月明かりの水の中は、山梨のいい匂いでいっぱいでした。 三匹はぼかぼか流れていく山梨の後を追いました。 その横歩きと、そこの黒い三つの影法師が合わせて六つ、踊るようにして山梨の丸い影を追いました。 間もなく水はサラサラなり、天井の波はいよいよ青い炎を上げ、山梨は横になって木の枝に引っかかって止まり、その上には月光の虹がもかもか集まりました。 どうだ、やっぱり山梨だよ。 よく熟している。 いい匂いだろう。 おいしそうだね、お父さん。 待て待て。 もう二日ばかり待つとね。 こいつは下へ沈んでくる。 それからひとりでに美味しいお酒ができるから。 さあ、もう帰って寝よう。 おいで。 親子のカニは三匹自らの穴に帰っていきます。 波はいよいよ青白い炎をゆらゆらと上げました。 それはまた金剛石の粉を吐いているようでした。 私の幻燈はこれでおしまいであります。 言の葉の森でのひととき、いかがでしたか? このチャンネルでは、物語や詩を静かに読み継いでいます。 よろしければチャンネル登録をして、また遊びにいらしてくださいね。 お相手は中島りこでした。